母を慕う男の純情

授乳

男の生命の底深く流れる母親を慕う心

きょうのタイトルは、すべての女性に知ってもらいたいことの内容と意味を含んだ表題です。

男というものは、結婚して子供もあり、また、社会的な地位も確立して、幾ら年を取っても、心の底に流れる母を慕う心は消え去ることなく続き、陰に陽に人間的成長の原動力となってゆく。

その頃になると、母親は既に他界しているか、また、健在であるとしても仕事の関係で遠く離れて住むことになりがちである。

こういう時、男はどこでその母を慕う心を満足させるのか、また、どこに求めているのかというと、それは母親と同じ女性であり、また、子供のための母である、自分の妻の中に母親を求め、妻として自分にそそがれるその愛情の中で、母を慕う心の、やみ難い思いを無意識のうちに充足させているものである。

夫婦調和の重大な因子が、実は世の妻がこの夫の心理を、意識的であると無意識的であるとを問わず理解しているかどうかにかかっているということは重大なことなのです。

どこの家庭でも、最初はお互いに名前を呼び合っていたような夫婦でも、だんだん年を取ってくると、夫はいつしか妻を「母ちゃん」とか「かあさん」とかと呼ぶようになることが多々ある。

その場合、いつからそう呼ぶようになったのか、意識してそう呼ぶようになったわけでもないだろうが、まして子供がそう呼ぶからということで呼ぶようになったわけでもない。

妻も知らない夫も知らない「夫の心理」どうして夫が妻を「母ちゃん」とか「かあさん」とかと呼ぶのか、そう呼ぶ言葉のひびきの奥に流れているやさしい夫の心、限りなく、女性を永遠なる女性、崇高な存在にまで昇華するところの愛を求めているその心を知らないでは、妻は夫を完全に理解したとはいえない。

家庭が味気ないものになるのは、妻が夫のそうした心を知らないところから起こってくるものが大である。

物心つくかつかないかという幼い頃から始まって、最初は「ママ」に始まって、「お母さん」になり、嬉しいにつけ、悲しいにつけ、もはや幾千万回ともなく呼び慣れてきた「お母さん」、その母を呼ぶ言葉の響きこもる懐しさ、うれしさ、慕わしさ、有難さ、この地上で一番最初に自分の心を安らかにしてくれ、いやそれ以前に、自分を身籠って生んで下さった「お母さん」、肉体的には別であっても、魂的に心の内では一緒にあった「お母さん」。

男は「お母さん」と呼ぶことによっていつしか涙ぐむ。

その男の思いが、自分の妻を「お母さん」と呼ぶその言葉の中に秘められているのであることは否定しきれないのである。

しかし、こうした心は、男自身ですら意識していない場合が多い。

かねては気づかなくても、病気になった時とか、なにかで失敗して思うようにゆかなくなった時とか、心も肉体も疲れ果ててしまった時、男は、夫は、心のどこかでか母を思い出し、「こんな時に母がいてくれたらなあ、母はああもしてくれ、こうもしてくれたであろうのに」と、いつもは無意識の世界に押し込められていた母を慕う心が、いつしか表面の意識の世界に浮かび上がってきて母を慕うものである。

しかし、母はもういない。そんな時、男は、夫はいつしか妻の上に母の姿を追い求め、妻から母のように、ああもしてもらいたい、こうもしてもらいたいと思うものである。

そうは思っても、しかし、妻に母のようにしてくれとはいいにくいし、いえもしない。

妻は充分に心を配っていろいろとしてくれているので、それを有り難いとは思っても、かつて母からしてもらったと同じような気配りをしてもらえないと、なにか物足りない気持を持つものである。

一日の勤めを終えて帰ってきた夫が、その時妻が留守で子供達だけたというと、決まって発する言葉は「母ちゃんはとこへ行った?」という言葉である。

この言葉は決してうれしいひびきを持っている言葉ではない。

何か用事があってちょっと留守したのだ、あるいは夕食の仕度の買物に行ったのだ、だからこういう気持になるべきではないと、自分の理性は充分に承知していながらでも、ちょっと不機嫌な、ちょっとどこかさびしい気持の語調をもって発せられるものだ。

その時のなんとなくさびしいその気持は、まだ幼かった頃、外で遊んでいてふと思い出したように「お母ちゃん」といって家に駆け込んできた、また、小学校の頃、「お母さん、ただいま」と帰って行ったが、お母さんは留守であった、わけもなく悲しく泣き出しそうになった、あの時の気持に通い合うものがあることは、夫自身が一番よく知っていることである。

朝、出掛ける時、「今日は留守します」と妻にいわれて、帰ってみても妻はいないと言っているのに、妻がいないということのなんとなくやるせない腹立たしさ、常に心のどこかで妻の上に母親の姿を求めているその夫の切ないまでにいじらしい純情さ。

夫が亭主関白で、口下手で、武骨で等あればあるほど、妻はその夫の態度、あり方に恐れを感じて、夫の心の奥に濳むその純情さに気がつかない。

そこに夫婦の悲劇も起こってくるのである。

どんなに妻からは頑固だ、ものわかりが悪いといわれている夫でも、「自分くらい、やさしい男はいない」と、思っているものである。

夫が自分をやさしい男だと思っているのは、その夫の奥に潜む母を求める心、母がいないだけで泣き出しそうになる、そういう母を慕う心が残っているからである。

その稚拙(ちせつ)なまでの夫の心がわからず、理解できず、表面的な夫の言動だけを見て、夫を野蛮だ、封建的だといっている妻は多い。

親子・夫婦の間につながる生命の神秘さ、縁の不思議さ。

この生命の結び合いを余すところなく味わい尽し得てこそ、この広い宇宙観は神ものであると同時に、自分達親子夫婦のものであるとして、親子であり、夫婦であることの悦びを感謝し合える。

妻のいない家の冷たく広いことよ。

用事があって出掛けたんだとは充分承知しながら、「なんで早く帰って来ないんだ、早く帰ってくればいいのに」と思うその心の矛盾、待って待って待ち焦れていて、やっと妻が帰ってきのに、夫の発する言葉はその心の思いとは裏腹だ。

「どこへ行ってたのか」「なにをしていたのか」「そんなに時間がかかるのか」「今日でなくてもよかったじゃないか」、そういうことを囗にしながら夫は、なんでもっと、心に思っていることがすなおに、その心の通りのやさしい言葉で表現できないのかと、そうできない自分を自分で不甲斐ないと思うものである。

しかし妻は、夫がそういう心を持っていることには全く気づかない。

妻は夫のいささか怒りのこもった声に驚き、腹が立って、「別に遊んできたわけでもないのに」「夕方だからと急いで帰ってきたのに」と、夫の理解のなさに腹を立ててそっぽをないでしまう。

すると夫は、「ああわかっちゃいないんだな」と、自分のやさしい心に気づいてくれない妻の心の浅さにまた腹を立ててしまう。

だから、日本の男性の封建的なあり方にとらわれないで、夫は自分のやさしい心をそのままにやさしい言葉で表現できる方法を勉強することである。

しかし、夫のこの心理を理解しない妻達は、「男って勝手なものだ。自分じゃ遅く帰って来て、せっかくもう帰ってくると思って、いろいろ仕度して待っているに、時間通りに帰ってきたことはいっペんもないくせに」と思ってしまう。

そうした妻の心も知らないで、夫はまた、上機嫌で「今日はね、久しぶりに同級生に逢ってね、外ですましてきたよ」と。

これでは妻が腹を立てるのも無理もない。

だから妻は、「男は自分は勝手に羽根をのばしているのに、わたしが少し外へ出るとガミガミいう。全く男は横暴だ、となる。

女をいつも家庭に縛りつけているばかりではなく、妻の立場に理解を深める勉強をしなくてはならない。

人間は、いかに無感覚に、無造作に、無神経に暮していることだろうか。

お互いに親子であり、夫婦であることの生命の営みをよくよく大事にして、その生命の微妙さを理解し合い、味わい尽してこそ人生は限りなく楽しいものになるのである。

昔から男は、「外へ出れば七人の敵がある」といわれた。

だが現在ではもう一人、敵がふえたといわれる。それは家にいる「妻」という敵であるといわれる。

妻が敵に回ったとなるとよほど神経の強い男でない限り生き抜くことは難しい。

早死する男がふえたのは内外の敵にやられたからかもしれない。とすれば、妻は敵となってはならないし、妻を的にするような夫になってはいけない。

また、妻は夫の疲れた心を休ませる「砦」にならなければいけない。

外で面白くないことがあった、上役に叱られた、同僚とうまくゆかない、部下に足を引っ張られた、仕事がうまくゆかない等、そういう時に男は慰めを求めて家に帰ってくる。

夫が妻に強く母性的なものを求めて帰ってくるのはそういう時である。

うれしいことに結びついた母親への思いは別として、小さい時、先生に叱られた、友達と喧嘩して泣かされた、さらにいたずらして父親にきびしく叱られた、そういう時にいかに母親が温かく自分を慰め励まして、また、庇(かば)ってくれたか、母親の膝を涙で濡らして慰め励まされた時のあの印象が、男には幾つになっても心のどこかに刻みつけられ残っているものである。

男は失意の時、無意識のうちにそのことを思い出し、母親が既にいないとなれば、妻の上にその慰めを求めて帰ってくるものである。

ういうことで帰ってくる時の夫の姿は、どこかあわれで悲しそうで、それでいてやるせない怒りが現われているものである。

そういう時、夫は無意識のうちに自分の妻に母親のような愛情と慰めを強く求めて、外で疲れた自分の心を休ませたいと思って帰ってくるのである。

ところが妻の方ではそれに気づかず、夫のその雰囲気だけを見て、「今日は機嫌が悪いぞ」「ちょっとおかしいぞ」と、恐る恐る、夫の機嫌を損なわないようにと警戒して応対をする。

夫が求めているものはそんなものではない。

夫はそんな時、子供の頃、喧嘩して泣かされて、くやしくて母の懐に顔を埋めて思い切り泣いた時のように、妻の胸の中に顔を埋めて、思い切り泣きたいような気持がしているのである。

しかし、そんなことは、子供のいる手前できないし、また恥ずかしいし、妻に変に心配させても困ると思って、そうしたい衝動をじっとこらえているのである。

そういう時、夫のその心理をよく理解する妻があって、かつて母親がやさしく慰めてくれた時のように、「たとえ失敗があっても私は一緒についてゆきます」といってくれたら、きっとその夫はその場で本当に泣き出すかもしれないのである。

しかし、そこまで深く夫の心理を理解している奥さんはいないようだし、警戒的な応対にいよいよ満たされぬ思いは頂点に達する。

夫は「いつに変らぬ妻というものは、こうもものわかりがわるいのだろう。カンと打てばピンと応えるような察しのいい、優しい女をもらえばよかった。女房の不作は一生の不作だというが、ぽんとうだ」と思ってしまうのである。

夫自身も自分の気持を処理し切れないでいる。その気持が顔に出る。

すると、日頃少し夫に不満を持っている妻はこの時とばかりに、「ほら、気をつけなさいよ、お父さん今夜少しご機嫌が悪いんだから」と、子供達にまでいってしまう。

そんな時また夫は「なにも子供達にまでそんなこといわなくてもよいだろう」と心の中で思う。

子供達のちょっとした言動がきっかけになってその空気が爆発すると、「なにもつまらぬそんなことで、目くじら立てて怒ることもないでしょ。うちのお父さんいつもこうなんだから、うちのお父さんぐらい気むずかしい人はない」ということになってしまう。

このような感情の食い違いが、一回や二回位ならともかくも、十年、二十年と続くのであるから、最初はやさしかった夫もいつのまにか気むずかしい夫に仕立て上げられてしまう。

実際には気むずかしい夫はいないのです。ただこういう夫婦にあるのは、夫の感情の機微を理解しない、行届かない、理解の足りないという妻がいるということです。

こういう場合には、妻は妻でなくて、夫の母となったほうが円滑になるものだ。

夫の心理をみごとに理解し把握して、母親のような豊かな心遣いを妻がしてくれるならば、夫はたとえ外でどのようなことが起ころうとも、それらをなんの苦もなく乗り越えて、いよいよ励みに満たされて、家族の幸せのために一所懸命に働き続けるのである。

最近はどこも、子供を一人か二人しか持たない。昔に比べて男の子も精一杯甘やかされて育てられる。

そういう子供が成長して結婚することになると、なおのこと妻に母親的な愛情を求めてくるようになるから、その若い人達の結婚生活がうまくゆくためには、女の子はいよいよ母性愛的でなければならないということになる。

妻という立場だけで夫に愛されることばかりを望んでいると、やがて夫を失望させることになるであろう。

愛することと、愛を欲することはちがうのである。

「女は母となって完成する」という言葉は、今こそ強調されなければならないと思う。

男というものが、四十になっても、五十になっても、頭はハゲても、歯は欠けても、なお心の中で母親を慕い求め続けるということは不思議なことである。

すぎもとまさとという作曲家のつくった「吾亦紅・われもこう」という作詞、作曲をみると、やはり母を慕う男の心情が綴ってあるから、少し横道に反れるが紹介してみたい。

吾亦紅

マッチを擦れば おろしが吹いて

線香がやけに つき難(にく)い

さらさら揺れる 吾亦紅

ふと あなたの 吐息のようで・・・

盆の休みに 帰れなかった

俺の杜撰(ずさん)さ 嘆いているか

あなたに あなたに 謝りたくて

仕事に名を借りた ご無沙汰

あなたに あなたに 謝りたくて

山裾の秋 ひとり会いにきた

ただ あなたに 謝りたくて・・・ 

小さな町に 嫁いで生きて

ここしか知らない 人だった・・・

それでも母を 生ききった

俺, あなたが 羨ましいよ・・・

今はいとこが 住んでる家に

昔みたいに 灯がともる

あなたは あなたは 家族も遠く

気強く寂しさを 堪(こら)えた

あなたの あなたの 見せない疵(きず)が

身にしみていく やっと手が届く

ばか野郎と なじってくれよ

親のことなど気遣う暇に

後で恥じない 自分を生きろ

あなたの あなたの 形見の言葉

守れた試しさえ ないけど

あなたに あなたに 威張ってみたい

来月で俺 離婚するんだよ

そう、はじめて 自分を生きる

あなたに あなたに 見ていて欲しい

頭に白髪が 混じり始めても

俺, 死ぬまで あなたの子供・・・

秋彼岸に故郷の母の墓前に線香を灯しながら目に入ったのは、吾亦紅という野草だったのだろう。

離婚することは褒められることではない、いままで相手を思いやる生き方をしてはきたが、今回ばかりは自分の意思をもって離婚を決意した。

こんな息子で申し訳ないが、白髪が混じり始めても、お母さん、俺は、あなたの息子です。

何故か、カーラジオから流れるこの歌を初めて聴いたとき胸にこみ上げるものがあって、在りし日のお袋を思い出した。

「瞼の母」とか、「母を尋ねて三千里」という言葉はあるが、「瞼の父」とか「父を尋ねて千里」ということはいわない。

映画でも小説でも、あるいは歌でも、母ものはよくあるが、父ものというのは少ないようだ。

それほど深く男の心をとらえて離さぬ「母」とは一体なんなのであろうか。

本質が、人間的に表現されたのが「母」のあり方である。

魂の底では、神を憧がれ求める人間の本質的な欲求が、もっとも単純素朴な形で現われているのが「母仰慕」の姿である。

母親を慕い求めるその気持は、そのまま神を慕い求める心につながっているのである。

妻は、自分に慕い寄るわが子の心、夫の心を自分の上にとどめておくことなく、神を慕い求める生命の本質の姿に、「人間、神の子」の境涯にまで高め上げ、純化してゆくところに母親たる妻としての使命がある。

夫が妻にふれたがり愛を求めるのは、妻の生命の奥に流れている神の生命に出会いふれたいためといえる。

そこから男の元気は出てくるのである。

いわば男は、妻の身体にふれることによって元気(神の気、元の気)を充電しているのであって、充電には時間が必要だ。

したがって妻は夫が充電するに必要な充分な時間を与えなければならない。

全世界の女性が、単に妻の立場だけに終始することなく、偉大なる母となることに成長すれば、それによって男の社会も浄化され、次代を背負うりっぱな子供も育て上げることができるのである。

「犯罪の蔭に女あり」という。女が男を堕落させる。だが、男を救うのも女である。

古今の名作を見ても、ダンテを神界に導いたのはベアトリーチェであり、『罪と罰』のラスコーリニコフを神の愛に目ざめさせたのは可憐なナターシヤであった。

女性の生命の中に永遠に輝くのは、その母なる本質である。

女が女であることは、女が母となることである。

永遠なる神の生命は、女である母を通して顕現されてゆくのであろう。

そのために、神は男によりも、女によりよく恩恵を与えておられるのである。

男よりも女の寿命が長く、男の子は育てにくいが女の子は育てやすいという。

この地上に永遠の神の生命を顕現してゆくには、女性が母であるべきその生命の本質に対して、男性は奉仕しなければならないのである。

いわば女王蜂に働き蜂(雄)が奉仕するようにである。

このようにして、女性は子供を持って母となることによって女性の生命は完成され、人格を完成させてゆくのである。

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