輝く魂

振り返ってみれば一年という歳月の流れが尋常ではなく早く感じられ、あと半月もすれば今年も暮れて、新たな年が始まります。

我が家のまわりには10センチほどの積雪がありますが、今の時期にしてはめずらしく冷たい雨が降っています。

朝夕に上着の襟をたてて歩くようになってきました。

この日本においては春夏秋冬の四季がはっきりしており、私たちの情操にも強く影響を与えてきます。

そしてこの四季は年間を通して人間が生存するにふさわしい気候と恵を与えています。

太陽は人類誕生以前から今日まで、寸分の狂いもなく地上に光とエネルギーを与え、国境や人種差別もなく、富める者、貧しきものをも分け隔てなく照らしてくれています。

人類誕生以降、歴史は繰り返すと言いますが、大きな流れはそうであっても、人の一生はいつも新たな経験に彩られ、様々な人生を描いてゆくのが定めのようです。

しかし、新しい経験が満ちているほど私たちの心は豊かになり、以前にも増して、より広い寛容な心が開いていくものでしょう。

試行錯誤の人生は、多くの気づきとなる場合もありますが、人によっては迷妄と執着をつくり、返って心を小さくさせ、人生の意義と目的を見失わせることもあります。

否、そうした人生も多いようです。

苦しさに耐えきれず心病む人もいるでしょうし、恵まれた環境に気づけずに不満や愚痴をいって日々不調和な暮らしをする人もいます。

『木を見て森を見ず』のたとえのように、目先のことにとらわれて大きな流れをみることができないのもまた人間であろうか。

3次元的な視点でものごとを捉え行い、それに執着しやすいということもいえます。

言い換えれば、目に見えるものや出来事には価値観をもてるが、かたちに表れてこないことに関しては価値観を見いだせず、否定的であるということもあります。

執着から脱却するには4次元的視点、つまり調和された心を常に忘れぬ生き方をすることで最小限度にとどめることが可能となるものです。

目に見えないことを大切にするというのは、心を大切にするという意味ですが、これを非現実的ととらえるのではなく、常に自分自身を客観的な視点で見ることも大切かと思います。

私たちは大自然のなかでこそ生かされているのであり、その大自然の秩序はそのまま人類調和の為の支柱であることを自覚し、深く私たちの心に落とす必要があります。

人間の精神も肉体も、大宇宙の意識のはからいによって創造され生かされていることは明らかで、この生かされている感動を、私たちがどう報いるか、生きるか、思考するか、行うかによって、万物の霊長たる人間の在り方があるのでしょう。

正しい生き方、正しい心の在り方は一つの法則として、真実と大地のうえに立つものでなければならないし、宇宙大自然の秩序に沿ったものでなければならないと思うのです。

人はこの法則から離れて生きるわけにはいかない。

この法則から離れたときに怒りが生まれ、世界が争う戦争にまで発展してしまう。

真実というものは素朴で平凡な事実の上にこそあるものだと私は何度も実感しました。

そして真実というものは、知識や理論のなかにあるのではないということも実感しました。

自然界には私心のない正しい教えがあり、それこそが私たちの心に気づきの機会を与えてくださいます。

私たちは大自然の秩序、宇宙の法則に沿ったい生き方を心の支柱として生活していかなければならないでしょう。

中道の精神、即ち、心を調和するということは、春夏秋冬の季節に学び、宇宙の法則のままに生活することにほかならないと痛切に思い知らされます。

願わくば、絶望や失意、委縮、悲しみ、怒りに心を向けるのではなく、明るいものに目を向けて生きたいものです。

明るいものとは、発奮であり、忍耐であり、挑戦であり、勇気や少しの努力です。

心に光を灯すということは特別な事ではなく、前を向く小さな勇気です。

そして「もう駄目だ」ではなく、「まだ駄目だ」という前を向く心の勇気です。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。