心を「素」にする

心の毒を戒める

生活をしているといつの間にか物事にとらわれていたり、散々苦しみ抜いて大切なことに気づかされ眼から鱗、というようなこともあります。

生きるということは、心にいろいろなものを纏(まと)うことだ、といっていいかもしれません。

生まれたばかりの赤ちゃんの心は無垢だといいますが、まさに無心の状態です。

無心とは自我心がないということ。自我心がないということは、拘り、執着、偏り、こういったエゴがないということです。

しかし、時間の流れとともに、赤ちゃんの心も変化していきます。

周囲を思いやったり、大切なひとを愛したり、何かに情熱を傾けたり……。

それらはこころが育ち、変化するからこそなしうることでしょう。

しかし、それと同じように、いたずらに貪ったり、他人を恨んだり、妬んだり、周囲に怒りをぶつけたり、といったことも、変化した心から生じるのです。

以前の投稿でも心の毒には触れましたが、人間の心には三毒という「貪とん」「瞋じん」「痴ち」の心も潜んでいて、何かしら不都合なことがあるとこの三毒が顔をだしてきます。

貪は文字どおり、貪ることです。

物やひとに執着し、手に入れなければ気がすまない。自分が貪ることで他人や周囲がひどい迷惑をこうむっても、いっさい頓着しないのがこれです。

欲望のままに何でも求める一方、得たものは、絶対、他人にほどこそうとはしませんし、求めるだけ求め、囲い込むだけ囲い込むのです。

瞋は怒りです。

とにかく自分の気に入らないことに対してはひたすら怒りをぶつけるのがこれ。

自分を見つめることもなく、努力することもしないで、怒りのエネルギーを爆発させる。

社会や組織には必ずと言っていいほど矛盾や不条理、不合理があるものです。

そういったことに対して、批判すべき対象や修正が必要なものは、あって当然です。

ただし、怒りを向けるばかりでは、それらは決して変わりません。

怒りを静め、理性をもって叡知を集めることで、はじめて変わることができるのです。

人の毒を食べないこと

心を曇らす元凶、瞋については、こんな逸話があります。

あるとき、弟子がお釈迦さまの批判をはじめました。

黙って聞いていたお釈迦さまは、その弟子にこう聞いたのです。

「おまえは、他人から自分が欲しくないものをあげようといわれたら、どう返答するのか?」弟子は答えました。

「そんなものはいらない、と断ります」

それを聞いたお釈迦さまは、弟子をこう諭しました。

「わたしもおまえと同じ答えをしよう。いま、おまえがわたしにいった言葉は、わたしにはいらないものだから、返そう」

相手を批判したり、攻撃したりする言葉も、怒りから生まれます。

しかし、その怒りは相手の反撃の言葉を誘うだけです。

これを反作用といいます。作用すれば反作用がつきもの。

怒りは怒りを誘い、怒りがぶつかり合い、拡散することになるります。

お釈迦様の逸話は怒りを言葉にすることの無意味さを教えています。

痴は愚かな心

やらなくてはならないことをしなかったり、他人の成功を羨んだり、何でも思い通りにしようとしたり……。ものの道理を知らなかったり、知恵がないゆえに自分が暴走したり、それが痴です。

人間が苦しむ根本的な原因は、この心の三毒にあるということをお釈迦様は2500有余年前に説いておられます。

およそいっさいの病は貪瞋痴より生ず。

まさにその通りと思います。

この三毒から離れるには、こころを”素”にすることが必要不可欠な要件だろうと思うのです。

素(す)になるとは、心が纏(まと)っているよけいなものを削ぎ落としていくのです。

元々は、だれの心にも神性仏性が備わっているのですが、この心に気づくところからすべてがスタートします。

7900b花一輪をみて「ああ綺麗だな!」と思える心がそれです。

img_4落ちてゆくのに、まだ赤々と燃えている夕日が心にどう映るか・・・・ここにも仏心があります。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

心のそうじ・行住坐臥

16904699_T3心にも埃(ほこり)がたまるの?

行住坐臥(ぎょうじゅうざが)という言葉が禅の世界にはあります。

禅の修行というと「坐禅」だけと思いがちですが、決してそんなことはありません。

禅門では「坐禅」と同様に、「作務(さむ)」とよばれる労働も重要な修行とされています。

専門道場に暮らす修行僧は、食事をまかなうための野菜を作る農作業から、燃料確保のための薪集めや薪割り、清掃作業、除草、昔なら草鞋(わらじ)作りなど、数多くの作務を行い、それを通じて多くのことを学んでいきます。

ういった一連の作務は生活するための自給自足を基本として、その作務自体が修行の一貫であると重要視しているわけです。

ですから禅の修業は、(活動すること)(立ち止まってみること)(座ること)(寝る、横になること)、これらすべての立ち居振る舞いにおいて自己の心を知る修行といえます。

自己を知る修業とは、作務を行う立ち居振る舞いの中において己のなかにある神性仏性を明らかにすることが求められるということです。

禅の世界だけの話しではなく、私たちの日常生活のなかにおいても身の周りを掃除して、環境も心もさっぱりとしておくことは大切でしょう。

たしかに、隅々まで掃除の行き届いた家なら、清々しい気持ちで暮らせますし、その気持ちが幸運とつながっていくこともまた道理かもしれません。

掃除でもっとも肝心なことは、毎日、欠かさずおこなうということと、見えるところ以上に見えないところを丁寧にやる習慣が大事です。

こういった心くばりは日頃の生活や仕事にまででやすいからです。

天気の良い時に日差しがあればはっきりと見えますが、細かいほこりは掃除をしたあとから宙に舞い、たまり始めます。

一週間に一度、十日に一度、徹底的にやるという流儀では、ほこりをとりきることはできませんね。

私の院はりっぱな建物ではありませんが、毎日スタッフが朝と昼に二度ほど掃除機をかけていますし、ガラスも毎朝拭き掃除、床拭きもしています。

院には毎日多くの患者さんがおいでになるわけですから、狭い院内だけによけいにきれいにしておかなくてはなりません。

掃除は単に、磨き上げるという意味があるだけではなく、心のほこりを払うための「行」でもあります。

「どうして、心にほこりがたまるの?」、そんな疑問を持つ人がいるかもしれませんが、心のほこりも家と同じように、知らず知らずのうちに毎日、たまっていきます。

放っておけば、厚く降り積もって心の透明度を失わせてしまいます。

やがてほこりで曇った心には光が通らなくなるだけではなく、光りを発することもなくなってしまいます。

就寝前にきょう一日の自分を省みる

ここで光という言葉を使いましたが、この光は大宇宙の本質であり、人間が人間である為の本質でもあります。

あらゆるものはこの光から発しています。

私たちの日常生活も、幸運も、幸福も、愛も、慈しみも・・・・・みなそうです。

そうなると、ほこりという曇りで光を通さなくなった心は幸運も、幸福も、愛も、慈しみも受けとれなくなります。

そして幸福の中にいるはずなのに自分の足元に気づけず遠くに幸福を求めます。

光をいただける状態、己の心からも光りを発するようにしておく必要があります。

それでは心のほこりを払い、清浄にするはどうしたらいいだろうか。

簡単な方法は、毎日、眠りにつく前に自分の一日を振り返ってみるのです。

勿論、やる以上は真摯な気持ちで取り組まなくてはなりません。

周囲の雑音がない状態にします。

囗を閉じ、鼻から息を吸って口から吐くか、鼻から吐くかどちらでもよし。

呼吸はゆっくりと、吸う息より吐く息を倍の長さに吐くように心がけること。

これは履く息が副交感神経の働きに直結だから、身体のリラックスのためにそうするのです。

ほどなく心身が落ち着いてきましたら、今度は今日一日を振り返って嫌な事はなかったか、他人に嫌な思いをさせはしなかったかをチェックします。

もしあれば、そのことについて客観的な立場で原因の究明をします。

自分の非があれば素直な気持ちをもって改める誓いをたて、相手があるならその相手に対して一時的ではあっても感情的になったことについて心から詫びることです。

こういった時間が心のほこりを取り去る作業になるのです。

何人ものひとと接し、いくつもの仕事をこなした一日は、どんな時間の流れだったでしょうか。

心はどう動いたでしょうか。

体はどう動いたでしょうか。

朝急いでいたから、子どもたちに乱暴な言葉を浴びせてはいなかっただろうか。

仕事で部下にきつく乱暴な言い方をしていなかっただろうか。

愚痴をいいながら仕事をしていなかっただろうか。

こうして反省することで「明日こそは、いい一日を送るぞ」という前向きな心の準備ができます。

こういうことが最も有効な心の掃除になります。

「しかし、毎日、それをやるとなるとかなり大変だな」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。

記憶が鮮明なその日のうちならば、五分から十分あれば、心の掃除は充分にできます。

何事も継続は力なり、毎日続けることで、自分に必要な検証ポイントも明確になるよう慣れてきます。

いわゆるコツが身についてくるのです。

この心の掃除はおまけがつきます。

それはインスピレーションが鮮明に湧きやすくなってくるということ。

すなわち守護霊、指導霊からのコンタクトがキャッチしやすくなるという最高の二次効果です。

先ずは実践あれ。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

順境と逆境・命ゆっくり川の流れに習う

SONY DSCもがくとよけい苦しくなる

「なんでこう、何もかもうまくいかないんだ。もう、身動きもとれないし、どうにもならないよ」、そのときはあらゆる手だてを奪われたような気持ちがして、絶望の淵にいるとしか思えないのだが、時が過ぎてみると、一回り大きくなった自分を感じることができるときがくるものです。

「艱難汝を玉にす」かんなんなんじをたまにす。という言葉がありますが、まさしく、苦労や困難を堪えてこそ立派な人間になれるというものでしょう。

「そうはいっても、逆境つづきでは気力だってなくなってしまうよ。」という声が聞こえてきそうです。

体の健康を害しているときに仕事に行けないことの葛藤があり、人間関係で悩んでいるときに憂鬱になる気持ちの辛いこと、失敗や挫折によって打ちひしがれているやり場のなさ、人によって抱えている問題は様々です。

たしかに、逆境の渦中にいるときは、その状況が永遠につづくのではないか、という不安が膨らみます。

何とかしなければとは思っても、気力が萎えることもあるでしょう。

「これも試練だ」と考えることができる人は、そう多くはないかもしれません。

しかし、逆境のなかにも自分を助ける存在はいます。

必ずいます。

その存在は、心がとらわれれているとき、何かに心を奪われているときには姿をみせてくれません。

逆境にあって、つらさや苫しさ、孤独感や疎外感に苛まれているときこそ、その苦悩をいっとき脇に置いて、今一度、心を静めてみるのです。

その方法は人によっていろいろですが、可能ならば自然環境のなかに身を置いてみることも有効な手段です。

水流れて心は競わず

雲在りて意は倶(とも)に遅し

寂々(せきせき)として春、将(まさ)に晩(く)れんとし

欣々(きんきん)として物、自ら私す

1300年前の中国の詩人で杜 甫(とほ)という人の詩です。

ゆったりとした川の流れをながめているさまを詠んだのかと思いますが、川の水は流れているけれど、自分の心はそれと競うこともなく、そして浮かんでいる雲のようにゆったりとしている。

物音ひとつしないような静かな春も移ろいながら、みなそれぞれ大宇宙のなかで、みなが喜びに満たされている。というように解釈しますがいかがでしょうか。

このような意味の一節ですが、どうしようもない逆境にあるときこそ、このように流れをゆったりと見つめている心境でいると、自分を助ける内なる声がインスピレーションとなって聞こえてきます。

辛さや苦しさはそれに抵抗するほどその苦しみが増す場合が多いもので、もがくからよけいに強く感じるようになるのです。

余分な力みを抜いたときにはじめて楽になるということです

身体の病気も、心の苦悩も、病も、そして生きることそのものも、すべてに通じるこの心構えは自分を窮地から救ってくれるでしょう。

私が18歳のときです。仲間と一緒に海に遊びに行ったときのこと、岸から少し離れた沖合の岩場まで泳いでいこうということになって泳ぎだしました。

ところが私の足が痙攣して自由がきかなくなり、慌てた私は沈んで海水を飲み込んだり、海水が器官に入ったりで意識が遠のいていったのでした。

何故なのか不思議でなりませんが、とっさに仰向けになって背泳ぎをするような体制をとったのですが、あとは完全に意識がなくなり記憶がありません。

気が付いたときは岩場の傍に浮いていました。

私が記憶しているのは、意識を失う直前にお線香の香りがしたということだけです。

あとで気づいたことですが、状況からして通常では考えられない体制をとったものの、私は完全に命を救われたと思いました。

そして社会人になり、社会のなかでいろいろな経験をするなかで学んだことは、苦しいときにそのことだけに心を向けると苦しみが増すということ、病気をして体が辛いときにそのことだけに心を向けてしまうと体も痛むが、心も痛むものであるということを。

愚痴をいわない
世の中は自分の思い通りに行かないことの方が多く、楽をして幸せに生きられるほど簡単ではありません。

自由にならない流れの中で、その流れに逆らわずまかせるとは、まず、愚痴をいわないことです。

愚痴は自分の心を弱くするだけです。

自分のこころの弱さをさらけだすのが、愚痴だということを知らなければいけません。

ゆっくりと世の中の流れを見つめる心境でいるには強いこころが必要です。

ここでいう強い心とは、他人に対して強気で言うことではなく、自分の心に執着心を持たないことをいっています。

人間の心の深奥には智慧の光と、寛容という慈悲の光が内在されています。

この心こそが強く生きる為の源泉です。

慈とは文字通りいつくしむ心を以って楽を与えること、悲とは人の苦を除いてやることです。

その慈悲を感じるとき、ひとは安堵の境地にあります。

仕事にも家庭にも、あるいは人問関係にも、そして病をしても憂いや迷いはなく、すべて受け入れる心をもてるようになり、何事に対しても感謝の思いがもてるようになるでしょう。

しかし、人間は順境のなかに身をおくと慢心したり、驕り高ぶりがうまれてきやすもの。

順境とは、物事がうまく都合よく運んでいる境涯をいうのですが、人生には、順境のときもあれば逆境のときもある。

順風満帆という、何をしても都合よういくというときほど心を低くもって、万事に細かい心配りが大切だと思うのです。

都合よくいっているときは、自然と心が高くなって、人を見下したり、人の心の傷口にさわるような言葉を使って、しかも、それが相手にどんな痛みを与えているか、ということに気が付かないことが多いもの。

ここに、次の苦しみを招く落とし穴があります。

だから順境のときほど、“心づくり”が大切だろうと思います。

順境は自分一人で成しているのではなく、人々の理解と協力によって支えられていることを肝に銘じて忘れてはならないでしょう。そして同時に人々と分かち合う心も忘れてはなりません。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

霊障と精神アンバランスからの脱出

蓮華草

匿名 のコメント: 2015年3月23日 6:14 PM

お久しぶりです。

お元気ですか?

あれから大分身体・精神的に落ち着いてきて、断薬することもできました。

断薬してみて精神薬はとても恐ろしいということがよくわかりました。

薬を飲んでいないだけでこんなに健康体になれるんだったらもっと早くやめておけばよかったと後悔するばかりです。

薬は飲んだら不安とか一時的に消えるけれど、1回飲まなくなっただけで不安が押し寄せてきたり、眠れなくなったり、頭痛がしたりしていました。

それを医師に言ったらまだ飲み続けたほうがいいようなことを言ってきて、心の中ではなんかおかしいなとは感じていたのですが、それを無視し続けてしまい、結局約10年間も飲み続けることになってしまいました。

とても軽い気持ちで飲んでいたのです。

断薬するために薬を少し減らしたりしていたのですが、上記の症状がとても強く「完全に飲まなくなる」という状態になるまで大変でした。

他に意識が飛んだり、平衡感覚がおかしかったり、人の話を理解できなかったりしていたため、この状態が回復することなく後遺症となって残ってしまったらどうしようかと、とても怖かったです。

でもいまはそのような症状は良くなって、普通に日常生活を送ることができています。

結局薬では精神的な疾患を治すことはできないと思いました。

薬はその場限りの対処療法であり、根本的に治す方法でない上に、依存性を高め、その人の人生をボロボロにしてしまいます。

覚せい剤や麻薬に似ていると思いました。

だから、私はもう絶対に精神科・心療内科にはいきません。

治療法が間違っているから治らないわけですから。

しかも、そのような覚せい剤や麻薬に似たものを未成年の頃から投与してしまうとはどういうことなんでしょうか。

疑問が次々と出てきます。

観童さんが仰るように、何かの拘りから心の調和が崩れて、それが身体症状として現れれば、痛みやシビレとかになったり、精神症状として現れると気分が沈んだり、落ち着きがなくなったりするんじゃないかなと。

実際、観童さんに相談にのっていただいた後、心がとても軽くなる感じがあり、だんだん思考がプラスの方面に向かっていきました。

結局は自分自身が変わればよかったのであって、それを他人や薬がどうしてくれるという問題ではなかったんですね^^;

それと教えていただいた自己浄化を毎日実践することによって、不思議なことに気持ちが晴れやかになって小さなことで悩んだりしなくなりました。

また、親身になって聞いていただいたことや、いままで他人に話すと、「気のせいだ」と言われてきた霊的なことをわかりやすく説明してくださったことがとても心に響きました。

本当にありがとうございます!

これからだんだん暖かくなってきますがお身体ご自愛ください。

それではお忙しい中失礼しました。

コメントをくださった匿名さんは若い女性ですが、霊的にも敏感な体質であったことをご本人はちゃんと認識しているわけではありませんでした。

しかし、メールでのやり取りや、直接の電話でのお話からそのことをハッキリと確信したものです。

霊的なエネルギーの影響というのは、私たちの身体に不健康な場所があれば、その場所に影響が出やすく、自覚症状として自覚できるものです。

精神的にバランスを崩している人が霊的な影響を受けますと、更に精神的に不安定になったり、自分ではコントロールできないような言動をするようにもなります。

しかし、ご本人にすれば、そういうことは自分の感情の乱れや、体調がすぐれないことによるものだと思っている場合が多く、霊的な影響によるところがあるという認識になれないことが多々あります。

いずれにしても、霊的な影響を最小限度にするためにも、また、自身の精神を健康にするためにも、日頃から自分の感情に、起伏の乱れがおこらないような生活を心がけていかなければなりません。

匿名さんは、薬の多用、多剤による弊害、依存性、心は薬で治すのではないということ、自分自身の偏った思考壁、霊的な影響の実態、こういったことに身を持って気づかれました。

そして、自身の勇気と決心の元に心の調和を学んで実践をし、努力が実を結びました。

もう大丈夫です。よくぞここまで頑張りました。

TMさん。コメントの公開を承諾して頂き、ありがとうございます。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

大人げない職場の無視・いじめ

無視

受信

はじめまして、1964年12月16日生まれの50歳になる、〇〇県〇〇町に住んでいる者です。

また、5歳に成るダウン症児の父でもあります。

4年ほど前から会社の中で仲間外れ、めげずに頑張っています。

精神的に病んでいた時に観童さんの「人生航路の羅針盤」を読ませて頂き人生に必要な事を少しだけ教えて頂いた気がします。

今後、会社でどの様に人と接すれば良いのか?またどの様に生きて行けば良いのかが分かりません。

特に自分の使命が未だ分からずいます。

観童さんもお忙しいと思いますが、お時間が有る時で構いません。

よろしくお願いします。

今朝方、観童さんのプログのコメントを残す欄に相談事を書き込ませて頂きました。

相談事はプログのコメントを残す欄に書き込みすれば良いのか不安に成りましたので、メールを送らせて頂きました。

相談方法が間違っていましたら、本当に申し訳ございませんでした。

取り急ぎお詫びまで。

返信

IT様。おはようございます。

ブログを訪問してくださってありがとうございます。

内容を公開しない状態でご相談したいのでありましたら、このヤフーメールkandou0822@yahoo.co.jpに書いてくださればよろしいです。

ブログへのコメント欄に書きこんだ内容も、コメントした方の承諾を得てから公開することにしております。

内容によっては許可なしには公開しておりませんからご安心ください。

先ほど送ってくださった内容について、もう少し詳しくお書き頂ければ私からの感想、意見を述べやすいと思いますがいかがでしょうか。

ダウン症のお子さんをお持ちとのこと、私が聞くまでもないことですが、お子さんは可愛いい と思いですか?

失礼な愚問でしたらお許しください。

観童

観童 様

早々、メールを頂きありがとうございます。

ダウン症の子ではありますが、可愛いです。

少しずつですが成長する過程が目に見えて感じます。

また会社での虐め(仲間外れ)件ですが、依然は、ある年下の社員(私より先に入社)と仲が良かったのですが、会社の中で自分が気に入らない人間に対して、陰口や嫌がらせばかりしていたので、嫌になり(自分が一緒にいたくない)距離を置く様にしてしまいました。

その事が原因で仲間外れが続いていると思います。

観童様、ありがとうございます。

 

返信

IT様。質問をさせてください。職業、業種はなんでしょうか?

あなたの職場の人数はどれくらいいるのでしょうか?

あなたのポジション(役職)は?

年下の社員からだけの仲間外れなのか、職場全体からの仲間外れなのかお聞かせください。

観童

 

受信

幾度となく申し訳ございません。職業は、製造業(製鉄所で使用する工業用ブラシや工業用ロールの製造や加工)を行っています。

所在地は、〇〇県〇〇市で、事業所は、所長以下10名です。

仲間外れの度合いは、話をしなくなった者が中心と成って人の陰口を言い、皆が同調している感じがします。

当人が休んだ時などは、比較的穏やかな雰囲気で仕事が出来ます。

皆がその人間に対して凄く気を遣っている感じは見うけられます。

後、役職は特にありません。ブラシ関係を一人で殆ど行っています。

お忙しい所、本当に申し訳ございません。宜しくお願いします。

 

返信

IT様。おはようございます。返事が遅くなりまして申し訳ございません。

私の申し上げることが、あなたにとって受け入れ難いことでありましたらご勘弁ください。

想いのままに述べさせていただきました。

以下

この社会はストレス社会といっても過言ではないほど、人間関係において様々な問題が発生しやすくなってきていると思います。

その一つには陰湿な無視や言葉の暴力という問題もあります。

人間の心というものは、何か予想外なこと、不本意な事、不条理な事、自分にとって不利益な事などがあると、そのことに支配されやすくなる性質をもっています。

こういうときの自分の心は憂鬱であり、いらだち、ときには怒りさえ込み上げてくることもあるものです。

しかし、こういう精神状態が長じてくるほど心は疲れて言葉にも元気が無くなり、行動にもイマイチめり張りがなくなってきます。

自分だけのことであれば自分の想いを変えれば状況は変化していくし、好転もします。

ですが、人間関係においては、相手があることですから自分一人の時のようなわけにはいきません。

相手に良くないところがあるとわかっていてもどうにもできない事もあるでしょう。

自分は自分の意思で変わることができても、相手を変えることは殆ど不可能だし、相手を変えようとすれば反発もうまれて余計に関係がこじれる可能性があります。

こうなると、最後は自分の、心の置き方、置き所の問題になってきます。

「何とか人間関係をうまくしよう」と思わない事。

思えば苦しくなるからです。

現にあなたは同僚とのことで悩んでおられます。

あなたが一番楽に生きられる方法は、人間関係について思い煩うことではなく、自分自身を生き切ることでではないでしょうか。

そのために大切なことは

『君子は和して同ぜず。小人は同じて和せず。』の心を自分の生き方と位置付けることがよろしいかと思います。

君子は和して同ぜず小人は同じて和せずとは、

すぐれた人物というものは、協調はするが、己の主体性を失わず、むやみに同調したりしない。

つまらない人物はたやすく同調するが、心から親しくなることはないということと解釈します。

無視をされたから、いじめや陰口を言われたからといっても、自分の命まで取られることもないでしょう。

職場では先輩だとはいっても、あなたが年上です。

あなたに対していつまでも執拗な言動をするようなら、『大人げないことはやめましょうよ』、ぐらいは言ってもよいのではありませんか。

50歳という年齢は、社会的にも家庭の主人としても、男としても一人前であり、人間として責任ある年齢であろうと思います。

人間の体の健康や体力作りには筋トレというものがありますが、心にも筋トレが必要と考えるのはおかしいでしょうか。

心の筋トレ、これは先ほどの和して同ぜず、の精神のことです。

その為には、『日々淡々と生きる』ことを実践してみられてはいかがでしょうか。

心未熟な人間に翻弄されて、憂鬱な生き方をするなんて勿体ないと思います。

ダウン症とはいっても、あなたのお子さんはとても勇気ある魂の人間だと思います。

なぜなら、奥様が妊娠されて3ヵ月の頃は、胎児の体が人間の体として五体ができはじめてきた時期です。

この時期になると、あの世からみれば胎児の体が問題のある体か、障害のある肉体か、どのような状態かよく解っているのです。

したがって、妊娠3ヵ月という時期は赤ちゃんの体に魂が出入りする時期であり、宿る時期であります。

すべてを承知のうえで胎児の体に宿った魂は、非常に崇高な魂をもった人間であるということです。

なぜ、全てを承知で障害のある胎児に宿る決心をしたのか、それは、あなたと奥様の縁、つまり、あなた方御夫婦がこの世に生まれる前からあの世ではお子さんと縁が深かった魂同士だったからです。

ですから、あの世における約束をこの世において果たした家族だと言うことです。

お子さんは、胎児に宿る時に、障害があることを知っていて、そのうえで相当な決断をもって下生したのです。

この世での障害のある人生、それがどれほど厳しいことになるのか、それでも自分自身の魂のステージアップにつながることを知っていたからです。

こういうことを考えますと、お子さんがいかに崇高で勇気ある魂であるかがお分かりになるかと思います。

是非、お子さんと奥様のためにも、周りに翻弄されず、日々淡々と、執着せず、同ぜず、和して生きることを願ってやみません。

失礼いたしました。

観童

 

受信

お忙しい中、貴重なお言葉を頂き本当に有りがたく思います。

我が息子はダウン症ではありますが、可愛い息子に変わりは有りません。

夫婦でそして、家族で乗り越えようと思います。

まだまだ、自分も修行が足りない。

こんな事でウジウジしてもしょうがないですし、前を向いてゆっくり進んで行こうと思います。

ただ依然に比べて、腹も立たなく成りましたし、少しだけですが、気が楽に成って来ました。

そして、観童様のお言葉を頂き、ちょっとだけですが、勇気が湧いてきました。

有難うございます。50歳と言う年にも成りました。

まだ、使命が分からですが、自分がしなくてはならない事が有ると思いますので、探してみたいと思います。

この度は、本当にありがとうございました。

感謝します。

また、自分に行き詰まったら、観童様に相談のメールを送らせて頂いてもよろしいでしょうか?

是非宜しくお願いします。

 

返信

私のような者にご相談いただいたこと、有り難くもあり、私自身も生涯を修行と心得て生きたいと願っております。

使命という言葉は、責任や重さを感じさせる響きがありますが、何のことはない、自分の置かれた環境下で人生を全うすること。

この一点にあるように思います。

息子さんの生きる姿からも私たち大人が学ばされることが多々あろうかと思います。

そして可愛い息子さんがいるから励まされたり、決意を新たにしたり、あるいは、親の愛を気づかされたりと、親は子供がいるから親にさせてもらっているということですよね。

ありがたいことです。

あなたの使命。

それは、家族を温かい包容力で守ること。

そして、自分を生きること。

それができたときに初めて人の為に心をくだくこともあるだろうと思うのです。

いつでもお声を掛けてください。

感謝

観童

IT様今、回の内容の掲載を快く承諾くださいましたこと心から感謝申し上げます。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

言霊がもたらす人生の禍福

会話

幸福にする言葉、不幸にする言葉、は、幸福になる言葉、不幸になる言葉

私たちは日頃なにげなく言葉を使っていはいますが、それが便利だとか、不自由だとかいうことを考えずに自分の身体の一部のように自然に使っています。

動物の世界では人間のような言葉を発することはありませんが、それでも動物なりの声を出し、素振りや威嚇、吠えたり、泣いたりして感情表現や意思表示をしています。

私たちが言葉を発してだれかと会話をするとき、浮かんだその言葉を囗にする前に、じっくり吟味してから口にするという人は多くはないのではと思います。

それだけに、何気に口にした言葉によって仲たがいしたり、相手の心には忘れ難い恨みとなって残ったり、妬みを買ったり、というようなことがあるものです。

言葉には魂が宿ると昔からいわれてきました。

人間は言葉を発する前に、先ず、想いが生じます。

その想いが善悪、どのようなものであれ、口にした瞬間に相手の心に伝わることになり、相手はその言葉に反応することになります。

このことでも分かるように、言葉には人間の想いが宿っていますから相手に伝わるのであって、言葉は、単なる機械的な便利ツールではないということです。

それだけに使い方によってはその不思議な力でひとを活かし、幸福にもすれば、災禍をもたらし、不幸のどん底に突き落としもするのです。

最近は引き寄せの法則などという言葉もきかれますが、先ずは、言葉をぞんざいに扱っていては、幸福も、いい人生も引き寄せることはできません。

私は日々クライエントさんと会話をしていますが、悩んでいる人、身体が辛い人、病んでいる人、心が病んでいる人たちの場合、心が非常にデリケートな状態になっていることに気づかされます。

それだけに、心身が健康な時とは違い、通常ではそれほど重く受け止めないような言葉でも、繊細に、または過敏に反応する傾向にあります。

こういったことを見てきた経験から、言葉をぞんざいに扱ってはならないこと、相手の状況をよく把握して思いやりのある言葉で話すことを学んだのです。

ほんとうにその人にとって必要な言葉、愛のある言葉を伝えることによって、涙を流し、うなだれていた人の目が輝きだすのです。

はじめに言葉ありき

はじめに言葉ありき。言葉は神と共にあり、言葉は神であった。

言葉は神と共にあった。

万物は言葉によって成り、言葉によらず成ったものはひとつもなかった。

言葉の内に命があり、命は人を照らす光であった。

その光は闇の中で輝き、闇が光に打ち勝つことはなかった。

上記の言葉は『新約聖書』(ヨハネの福音書)から引用しました。 

想念と言葉の力

人間の想い、つまり想念というものはそれぞれに人によって強弱特質があります。

だれもが一様ではありません。

私たちが一つのことを成そうとするとき、どれだけ真剣に想い、取り組むかによってその結果が早くなったり、遅くなったり、小さな成果であったり、大きな成果であったりします。

この違いは諸々の条件が重なってそうなるのですが、一番大きく影響するものは、実現させようとする強い意志、その継続、つまり努力にあります。

これこそが人間のもつ想念の特徴です。

想念に強弱があり、与える影響、出る結果に違いがあるように、言葉にも発する者の想念の強弱があり、また言葉のなかに宿る内容、愛であるか、憎しみであるか、不用意な言葉で傷つけるのかという違いが発生します。

良くも悪くも、想念の強い人が発する言葉は多大な影響を及ぼすことを知っておかなければなりません。

人を呪わば穴二つ、という言葉は、邪悪な思いをもって言葉を発すれば、それがそのまま自分に返ってくることを戒めとして教えています。

それでは仮に、言葉にしなければ影響を及ぼさないのかとなると実はそうはいきません。

恨みの想念を心にもって夫婦生活をしていれば、必ずやその悪影響が夫婦のあいだに深刻な状況となって様々な現象を顕わすようになってきます。

他の人間関係においても同じことがいえます。

逆に、心が調和された状態での人間関係は、お互いの信頼を得ることになり、良好な関わりとなってお互いの進歩向上につながっていくことになります。

こうしてみると、特に想念の強い人の場合、邪悪な想いを持って言葉を発すれば他にも良くない影響を及ぼしますが、やがてはその邪悪な想念が巡り巡って自分に返ってくることになり禍をもたらすということ。

逆に、正しく調和された強い想念によって事を為す人の場合は、その願いが現実のものとなることが多くなるということ。

間は「棒ほど願って針ほど叶う」という諺があります。

これは通常であれば願ったほどには実現しないものだという意味でしょう。

ですから、そんなに効率が悪いなら「願うのはやめよう」と考えるか

「大きく願おう」と考えるか、

棒ほど願って針ほど叶うとは限らないから、「願えば叶う(可能性はある)」と考えるか

「少しも叶わないかもしれない」と考えるか

「やってみなければわからない」と考えるか

「たとえ、叶わなくてもいいから、願っていたい」と考えるか

他にもいろんな考え方ができると思います。

また、ある程度の霊的な能力が開花している人の場合、針ほどの願って棒ほど叶う、ということもありますから、絶対に悪い想念をもってはならないものです。

要は、願ったことを実現して自分が幸せになるためには、どう考えたらいいか?を考えられたらいいのではないかと思うのです。

一つ言えるのは、「願って、努力しなければ、叶わない」ということです。

言葉にも同じことがいえます。

悪い言葉はひとが持っている光を澱(よど)ませ、悪いことを引き起こします。

愚痴や他人の悪口を始終口にしているひとは、たとえ、神頼みをしたとしても、希望がかなったり、思いが実現したりすることはありません。

逆にいい言葉をこころの底から信じて発すると、言葉に魂が入り、光となってその人を包み込みます。

心を調和し、自分も他人も活かすような言葉を口にする人は、やはり大きな成果を収め、社会にも貢献するような生き方をしています。

言葉を大切に使っていきたいものです。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

心療内科・精神科の多剤多量処方箋

うつ病ある女性相談者がカウンセリングと整体を希望して連絡してきました。

彼女はどこからみても顔色がよくなく、うつむき加減で、目の動きが極端に少なく、表情がないという雰囲気で待合室の椅子に座っている。

A子さん35歳は3年前から精神科に通い始めて「自分の体調不良や精神的な不安、沈む気持ちを訴えたが、特にこれといった改善策やアドバイスをもらえる訳でもなく、ただ薬を処方されるだけの繰り返しに疑問と不信感がありました」と振り返る。

どれほど苦しんできたのだろうか、「もう薬はやめたい。」こう言って目を潤ませた。

心を病むことによって身体症状を訴えてくるクライエントに心ある対応をしてくれる心療内科や精神科の医師はどれだけいるのだろうか。

うつ病、躁うつ病、パニック障害、心気症、統合失調症という診断を下された人たちが相談に来て共通して言うことに、「話を聞いてくれたのは最初だけで、あとはもう薬を増やすか、別な薬に変えるかの繰り返しだけで、何かを話そうとすると言葉も邪険になってあしらわれます」ということがあります。

私のところに駆け込んでくるクライエントは、昨日今日に薬を服用した人ではなく、3年、5年、10年と長期にわたって向精神薬を服用して、その副作用と、一向に改善に向かわない自分の身体症状と、ワンパターンな病院の対処に苦しんできた人たちが多い。

あるクライエントは「あなたは、だれかの気を引きたくてそうして病んでいるのか?」と心療内科の先生に言われ、その不本意な言葉に泣きながら帰ろうとすると、看護師さんが心配して「大丈夫ですか?」と、声を掛けて玄関まで送ってくれたことがあったとショックを隠せないようすだった。

心の問題はどれだけ体に影響を及ぼすかということをしっかりと理解して医療に取り組んでいる医師ならば決してこのような心無い言葉を発することはないはずです。

医学的知識以前に、医師という有資格者以前に、人間としての思いやりのなさ、患者の心も体もよく見極めようとする配慮と姿勢に欠け、驕りに満ちた、傲慢な人間性がみえてならない。

ここでAさんの服用していた薬を紹介してみますが、薬は効能以上に副作用があるということを理解していただきたいという思いから記すものです。

トリプタノール

脳内のノルアドレナリン、セロトニンの再取り込みを阻害することにより、憂うつな気持ちや落ち込んでいる気分を和らげる。

また、夜間の尿の回数を減らす作用もあります。 通常、高用量ではうつ病・うつ状態の治療、低用量では夜尿症の治療に用いられます。

注意

眠気、注意力・集中力・反射運動能力などの低下があらわれることがある。

副作用

口渇、眠気、振戦などのパーキンソン症状、めまいなどが報告されています。

筋肉のこわばり、嚥下困難、頻脈

不安、興奮、発熱、セロトニン症候群 [悪性症候群] 

心臓疾患 急激な前胸部の圧迫感、狭心痛、発汗 [心筋梗塞] 

現実には存在しないものが見えたり、聞こえたりする、錯覚や幻覚を伴う軽い意識障害、考えがまとまらないなど。(幻覚、せん妄、精神錯乱、けいれん)

顔・舌のむくみ(顔・舌部の浮腫)

トラゾドン塩酸塩錠25mg「アメル」

セロトニンの再取り込み阻害作用を示し、抗不安・鎮静作用により、ゆううつな気持ちや落ち込んでいる気分をやわらげます。 通常、うつ病・うつ状態の治療に使用されます。

副作用

主な副作用として、眠気、めまい、口渇、便秘、浮腫、発疹、かゆみ、眼瞼そう痒感などが報告されています。

胸痛、動悸、胸部の違和感 [QT延長、心室頻拍、心室細動、心室性期外収縮]

急激な発熱、筋肉のこわばり、手足の震え [悪性症候群]

錯乱、せん妄、発汗 [セロトニン症候群]

食欲不振、吐き気、便秘 [麻痺性イレウス]

性欲に関わらず性器の勃起が痛みをともない持続的に起こる[持続性勃起]

 

エチゾラム錠1mg「トーワ」 デパスの後発医薬品

不安や緊張をやわらげます。

筋肉の緊張をとる作用。 通常、神経症、うつ病、心身症(高血圧症、胃・十二指腸潰瘍)、統合失調症、頸椎症、腰痛症、筋収縮性頭痛などにおける身体症候や不安・緊張・抑うつ・睡眠障害などの改善に用いられます。

副作用

発疹、蕁麻疹、かゆみ、紅斑、眠気、ふらつき、けん怠感など。

薬を中止しようとしても欲求が止められない、(中止により)痙攣・不安・幻覚・不眠)[依存性]

発熱、手足の筋肉の強いこわばり、飲み込みにくい [悪性症候群]

筋肉痛、脱力感、赤褐色尿 [横紋筋融解症]

発熱、から咳、呼吸困難 [間質性肺炎]

けん怠感、食欲不振、皮膚や白目が黄色くなる [肝機能障害、黄疸]

 

レクサプロ10mg

脳内に存在するセロトニンの再取り込みを選択的に阻害し、セロトニン濃度を上昇させ、神経伝達をスムーズにし、憂うつな気分を和らげ、不安などの症状を改善します。 通常、うつ病・うつ状態の治療に用いられます。

副作用

吐き気、傾眠、頭痛、口渇、浮動性めまい、倦怠感、下痢、腹部不快感、発疹、湿疹、蕁麻疹、かゆみ、アナフィラキシー反応、血管浮腫などが報告されています。このような症状に気づいたら、担当の医師または薬剤師に相談してください。

筋肉が発作的に収縮する [痙攣]

頭痛、集中力の欠如、痙攣

[抗利尿ホルモン不適合分泌症候群]

不安、興奮、手足の震え [セロトニン症候群]

胸痛・胸部異和感、気を失う、動悸・息切れ [QT延長、心室頻拍(torsades de pointesを含む)]

 

サインバルタカプセル30mg

脳内でセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害することで、脳内の神経伝達をスムーズにし、憂うつな気分を和らげ、やる気がなくなる、不安といった症状を改善します。また、中枢神経系の疼痛抑制経路に作用し、痛みを和らげます。

通常、うつ病、うつ状態や糖尿病性神経障害にともなう疼痛の治療に用いられます。

副作用

主な副作用として、吐き気、傾眠、口渇、頭痛、便秘、下痢、めまい、腹部痛、不眠、倦怠感、食欲減退、高血糖、嘔吐、発疹、かゆみ、蕁麻疹、接触性皮膚炎、光線過敏反応(日光による過度の日焼け、かゆみ、色素沈着)、血管浮腫、皮膚血管炎などが報告されています。

不安、興奮、発汗 [セロトニン症候群]

むくみのない短期間での体重増加、けいれん、意識障害 [抗利尿ホルモン不適合分泌症候群]

倦怠感、食欲不振、皮膚や白目が黄色くなる [肝機能障害、肝炎、黄疸]

高熱、水ぶくれ、眼や口など粘膜のただれ [皮膚粘膜眼症候群]

呼吸困難(息苦しい)、けいれん、蕁麻疹 [アナフィラキシー反応]

 

アルプロザム錠0.4mg「サワイ」 ソラナックスの後発薬品

脳のベンゾジアゼピン受容体に作用して、不安、緊張などを和らげます。

通常、心身症(胃・十二指腸潰瘍、過敏性腸症候群、自律神経失調症)における身体症候ならびに不安・緊張・抑うつ・睡眠障害の治療に用いられます。

副作用

眠気、発疹、かゆみ、光線過敏性反応などが報告されています。

薬がないといられない、(減量、中止による)痙攣発作、せん妄 [依存性、離脱症状]

意識が乱れ正常な思考ができなくなる、考えがまとまらない、時間・場所などが判らない[刺激興奮、錯乱]

呼吸が浅く速くなり、呼吸をしにくい [呼吸抑制]

かゆみ、蕁麻疹、顔面潮紅・腫脹 [アナフィラキシー]

全身倦怠感、食欲不振、皮膚や白目が黄色くなる [肝機能障害、黄疸]

 

炭酸リチウム錠100mg リーマス錠100の後発薬品。

中枢神経に作用し、抑えることのできない感情の高まりや行動を抑えます。 通常、躁病や躁うつ病の躁状態に用いられます。

副作用

手足の震え、のどが渇く、下痢、尿量の減少などが報告されています。手足の震え、嘔吐、意識がぼんやりして睡眠に近い状態 [リチウム中毒]

発熱、筋肉のこわばり、胸がどきどきする [悪性症候群]

息切れ、めまい、疲れやすい [徐脈]

多飲・多尿、全身倦怠感、のどの渇き [腎性尿崩症]

意識がうすれる、考えがまとまらない、判断力が低下する [痴呆様症状、意識障害]

以上の薬が一か所の精神科で処方されたもので、類似の作用をする薬が重複して処方されているために副作用による身体症状が増えていくばかりで恐ろしい。

A子さんは精神科から処方された7種類の向精神薬を服用し、その他に麻酔科の薬を鎮痛のために服用して何ら症状が良くなることもなく、むしろ薬を服用する以前よりも身体の症状は増えてきたといっていた。

その症状は、頻尿、喉の渇き、口の渇き、ふぁふぁ感、不眠、朝の起床ができない、動悸、息切れ、頭重感、集中力がなくなった、胸部痛、全身の疼痛といったものだが、これらの症状は向精神薬を服用し始めてからだと説明している。

薬に関しては無資格であり素人の私ですが、あまりにも多種多量に処方された薬に、ただただ唖然として言葉が出ない。

本人の意思に委ねるしかありませんが、私はA子さんに減薬の話しをし、結果的にそれを本人の意思によって実践した結果は、先ず、身体が非常に楽になって全身の疼痛が減ってきたと喜んでいた。

患者さんが心療内科や精神科に行って「薬を減らしたい」、「薬をやめたい」というようなことを言うと、先生は「薬を飲まないならここに来る必要はないよ」、「いうことを聞けないならもう知らないよ」と言われたという話しはこれまで何度かきかされてきた。

素人判断で減薬をしたり、断薬をすることは危険なところもあるのは充分に理解できますが、しかし、減薬、断薬の話しに関してはどうしても消極的であり、むしろ取り合ってもらえない医院もあるようです。

薬の服用に関しては、良心的に対応してくれる医師もおられるようですが、往々にして一方的に押し付ける傾向にあったり、効率優先、時間ロスを意識するせいなのか、コミュニケーションを好まない傾向がうかがえる。

「的外れなアドバイスをされて悲しい思いをした」と言っておいでになった人もいました。

「本当に苦しんでいる人に比べたら、君は迷えるだけいいんだよ」みたいなことを言われ、私だって、本当に苦しんでいるから病院に来ているのにと、悲しい気持ちになったいう人もいました。

てんかんなどの場合は科学的機具を用いての客観的データでの判断をするようですが、精神疾患については、内科的な疾患のような科学的機械による特定の検査をするわけではありませんから、専門医のスキルだけに委ねるところがあるでしょう。

つまり、血液検査やレントゲン撮影などで病気を特定し、その治療を機械による治療や投薬によって「科学的」に治療する「内科的疾患」とは違う対処になるわけです。

ですから来院者の判断はほぼ精神科医、資料内科医の診察での観察という「腕」次第ということになってきます。

こういう内容と流れをみますと、治療内容は多少の精神療法と投薬による治療のみ、となる現実もわかります。

私の場合は、クライエントさんの話す悩み内容、表情、目の動きぐあい、微妙な身体全体の動き、歩き方まで観察して疾患状況判断の参考とします。

薬の使用量が多ければ多いほど、表情にも動きにも顕著に悪影響を与えていることが確認できるもの。

話す言葉の裏に隠された背景を推測し、その隠れた事実や心のしこり、トラウマ、思考壁を引きだすような問いかけを行ったりします。

クライエントさんが話す内容が必ずしも深刻な表情でなくても、その背景に隠された問題の原点を見逃すことはほとんどない。

また逆に、小さな問題を大きくオーバーに話すクライエントさんでも、深刻ではないほんとうの姿を見逃すこともありません。

内に抱える精神的な葛藤、苦しさと服装の関係など、女性であればお化粧一つにしても心の状態を反映している場合が少なくありません。

向精神薬を多量、長期にわたって服用している人の場合などは内臓にかかる負担も大きく、肝機能障害や胃腸障害を起こすケースも珍しくなく、個人差はありますが、その影響によって口臭なども出やすくなりますから薬を多用しているのがわかります。

こういったことからすれば、何よりも、スキルある精神科医であれば、患者への配慮に欠けた発言をするなどということはないと思うのです。

患者さんの立場にすれば、話を良く聞いてくれる医者が望まれるのは理解出来ますが、だからといって話をよく聞く事がイコール名医とは繋がりません。

話をゆっくりと、じっくりと聴いてくれることで心の安定に繋がる場合もあるのですが、しかし、それだけで受診するのでしたら心理士のカウンセリングで足りるでしょう。

改善に向かうためにその患者さんに伝えることがあるとすれば、一番ふさわしいことは何であるか、そして患者さん自身が修正しなければならないことは何か、こういったことを提示できることが望まれます。

スキルのある医師にめぐり会うのも大変ですが、だからといってドクターショッピングはもうこれいじょう嫌だという気持ちも十分に理解できます。

そうなるとやはり、自分の気持ち、症状が医師に伝わっているかどうかを確認することが大事になってくるでしょう。

伝えることを伝えてそれを受け止めてもらえないような医師なら受信は考えものです。

私はこれまで、主治医に相談して減薬を検討してもらえるように奨めてきましたし、体調如何では断薬も奨めてきました。

しかし現実には、減薬、断薬については理解を示す医師もおられますが、なかには非常に消極的で否定的な医師もいます。

あたりまえの話ですが、多剤、多量、長期使用によって身体に薬が入れば入るほど肝機能が悪化したり、腎臓を悪くしたり、心臓に疾患が発生したりと、内臓への負荷も大きくなり、身体機能も低下してきます。

このことは減薬や断薬によってハッキリとクライエント自身が自覚できるものですが、こういった事例はこれまでも数知れず確認してきました。

勿論、減薬、断薬はご本人の離脱症状と体調の推移をみながら慎重におこなうべきだということはいうまでもありません。

クライエントさんの心の不安感や恐怖心、こういった部分を正確にサポートできることで安心感がうまれ減薬が可能となってくるものです。

したがって、患者さんの身体のケアと心のケア、そして減薬、この対処が精神的な疾患には欠かせないし、有効な方法と、一つの手段であるということも書き添えておきます。

今回は、精神的疾患、うつ病、躁うつ病、パニック障害、などに対応している心療内科、精神科の現状を批判するために掲載した記事ではありません。

これまで私の院においでになったクライエントさんの事例をそのまま掲載して、医療に対する関わり方を一考いただく機会になればという思いでアップしたところです。

どうぞその点をご理解いただければと思います。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

きょうの命と考える

仲間学校での友人関係、社会での人間関係、職場での人間関係、家族の人間関係、さまざまな形での人間関係において、捻れやもつれが解きほぐされるのが難しくなってきた昨今、これほど露になっている時代はかつてなかっただろうにと思われてなりません。

見かけの豊かさや便利さと引き換えに、置き忘れてきたもののなかにある大切なもの。

その大きさにようやく気づき始めたとき、それを取り戻すことはできないだろうか。

もし、人間関係の捻れやもつれを少しでも解きほぐすことができるなら、この社会はもう少しあたたかいものになると思うのです。

相手との出会いを大切に思う、そして自分の命も相手の命も限りあるもの、ということを深く心の底に落しておくことも、社会を温かくすることにつながるのではないだろうか。

例えば、「自分の命は、あと一カ月」と想定してみた場合、どんなことを思い、どんな行動をしたいと思うだろうか。

私はシュミレーションしてみました。

これまでお世話になった人たちに心からの感謝の気持ちを伝えておきたい。

これまでご迷惑をかけた人たちに心からのお詫びをしておきたい。

そして、これまでの人生を省みて反省をし、心から親と兄弟に感謝とお詫びを伝えたいと。

しかし、このような気持ちは、余命一カ月と宣告されなくても、日頃から「一日一生」の覚悟で生きるならできることではないかと思ったのでした。

自分の命も他人の命も、限りある命であることには変わりありません。

そうなると命の尊さが具体的にわかってきます。

他人のことに「無関心」でもいられませんし、「自己中心」でもいられません。

自分の命の尊さと同じだけ、他人の命も尊いと思えれば、何かしら周囲に対する心配りも変わってくるものです。

電車で困っている人がいたら「荷物を棚に載せましょうか?」と声をかけてあげる。

席をゆずって「こちらにお座りください」と、自然にそんな対応ができるのではないでしょうか。

心に尊ぶ思いがあれば、「どうでもよかった他人」が「大切な隣人」になってきます。

自分の命がもうすぐなくなるとしたら、できるだけ心を整理して、いい思い出をもって旅立ちたい、と私なら考えます。

心にもっとも深く刻まれる、いい思い出、とはどのようなものでしょうか。

人それぞれの喜びがあっていいと思います。

無理がなく、ごく自然なかたちで他人に心を尽くし、そこにまた感謝の言葉があったら誰もが心豊かになれるでしょう。

最良の思い出は、やはり他人からいただいた「感謝」です。

とすれば、言動はおのずと感謝をいただくにふさわしいものにならなければなりません。

かける言葉も、他人を思いやるもの、他人のためになるもの、他人を喜ばせるもの、他人を気づかったもの、になりますし、行動も同じです。

昔、西行という平安時代末期の僧侶がいましたが、彼は歌人でもありました。

こんな一首があります。

老木桜わきてみん 老木は花も哀れなり いまいく度か

爛漫の春を謳歌するかのように咲き匂う桜は、その艶やかさで愛でるものを圧倒せずにはいません。

しかし、桜も年輪を重ねて老木となるにつれて、花も勢いを失い、くすんだ花に哀れを感じています。

あと何回、春を迎えることができるだろうか。

そんな感慨が西行を包んでいるように読めます。

木の哀れを思い、命の儚(はかな)さに思いを馳せている西行。

その心は、いま取り戻すべき心にも通じています。

「自分とふれあうひとの命があと一か月」「自分の命が消えるまであと一か月」と考えることは、命のはかなさを思うこと。

だからこそ他人の命も、自分の命も大切にして生きる心を取り戻すことができるのではないでしょうか。

tensu

相田みつおさんの言葉を転載せていただきました。

点数

にんげんはねえ

人から点数をつけられるために

この世に生れて

きたのではないんだよ

人間がさき

点数はあと

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

思い煩うことの愚か

悩み衣食住に拘る

人間、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができるのか。

なぜ、衣服に拘り、思い悩むのか。

なぜ、食べ物に拘り、思い悩むのか。

なぜ、住まうところに拘り、思い煩うのか。

衣服もブランドに執着する人ほど、自分の実生活ができていなくて、欲しがるその心の背景にある虚栄心にほんろうされ、どこか精神バランスにがつく傾向もみられます。

飲食物も拘りが過ぎると偏食、肥満、病気になりやすかったり、ストレスだといっては馬鹿食いして過食だと騒いでいるし、逆に、身長、体重がごく普通なのに容姿に拘るあまり拒食になっている若い子もいます。

夫婦の給料を合算して融資の限度いっぱいまで借金して4千万円のマイホームを建てたはいいが、夫が病気をした途端にローンの支払いができなくなって手放すことになったというようなケースもありました。

夢を膨らませ、未来に希望をもつことは良いことだと思いますが、しかし、身の丈以上の無謀な計画は夢や希望ではなく、見栄が勝った欲望でしかない。

ここにも拘り、執着、偏りというものがあります。

ひとつ、野の花がどのように育つのか注意してみてみたい

働きもせず、働いています。

紡ぎもせず、紡いでいます。

そして意識せずとも装っています。

しかし、栄華を極めたソロモン(古代イスラエルの第3代王)でさえ、この花のひとつほどにも着飾ってはいなかったのではないだろうか。

きょう、地に生えていても、明日は人に踏まれるかもしれず、野のけだものに食べられるかもしれぬ野の草でさえ、自然の意思はこのように生かしてくださっています。

ここにお伝えしたいことは、思い煩うことの人間の愚かさです。

ネガティブな思考は打ち消す

野の花も、儚(はかな)い命の野草も、特別に拘り、執着せず、みずから何もせずとも、自然の意識(神)がそれにふさわしく充分なものを与えてくださる。

だから、人間も思い煩ったりしないで、素直な心で、何の拘りも、執着もなく自然のままに生きればいいのだ、ということでしょう。

そうすることがどれほど人間を生きやすくするか、自分らしくするかです。

この世で生きることは苦でありますが、その苦しさとどう向き合い、どう軽くしていくか、ということをお釈迦様やイエス様は教えています。

その際、必要な心構え、生きる姿勢のひとつに、むやみに思い煩わないこと、ということがあります。

生きているうちには、どう逆立ちしたところでどうにもならないことがあるものです。

あしたは大事なイベントがあるから雨は絶対に降らないで欲しい、そう思っても自然現象の天気は人間の自由にはなりません。

このように、日常的なことのなかにおいて自由にならないこと、思うようにならないこと、すでに過ぎてしまったことを延々と思い煩うことも、意味がないことです。

過ぎたことは元には戻りません。

しかし、心の拘り、執着を捨てて生きようと決心する時に、心は苦悩から解放されます。

深みにはまらない

だれもが、そんなことはわかっているのです。

しかし、ハッと気がつくと、思い煩っている自分がいる、というのもまた、人間です。

ですが、マイナス感情、ネガティブな心になっている心がある人でも、体を使って活発に動いているときは、マイナス感情やネガティブな思考を忘れているものです。

ところが、仕事で心身が疲れていたり、人問関係で精神的なダメージを受けていたりするときは、ジレンマという堂々巡りの深みにはまりかねません。

こういうときには、その堂々巡りに気づいた時点で、別なことに心を向ければ深みにはまることだけは回避できますが、とはいえ、気持ちの切り替えが下手なひとにはいささか荷が重いかもしれません。

こういうときこそ、言霊の力を借りるのです。

好きな言葉、楽しい言葉、気持ちを明るくしてくれる言葉……を大きな声にして言ってみてください。

「夢は逃げない、逃げるのは自分」

「失敗すればがっかりりもする、でも何もしなければ確実に絶望する」

「負けたから終わりなのではない、やめたら終わりになるのだ」

こういった心を奮い立たせる言葉を発すると不思議と心が軽くなり、前を向けるのです。

そして、こいうことを習慣化すると、なにかスランプがあっても、反射的に心を奮い立たせる言葉がでるようになるものです。

できない言い訳に甘んじているより、先ずは実践してみたいもの。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ

禅機・こだわらない行動

DSCF7756

人間には思慮深さが大切な資質だとされています。

「薬は飲まなければ効かない」ということも言えますが、反面、「薬は飲まなければ副作用の心配はない」ということも言えます。

たしかに、是非の分別もなく軽はずみな行動、即ち、軽挙妄動はいい結果につながらないことが多いでしょう。

しかし、思慮深さを重んじるあまり、行動すること、実践することに慎重になりすぎて機を失するのもどうでしょう。

人間はどんなにいい考えを持っていても、また、知識を持っていても、持っているだけで何も行動に移さなければそれは活かされることがありません。

禅宗にこんな説話があります。

老師が法話をしているときに、突然、大雨が降りだしました。

あいにく粗末な法堂の屋根が傷んでいたため、雨漏りがし始めたのです。

弟子たちは雨受けになるものを探しに走ったのですが、手頃な器が見つからず、右往左往するばかりでした。

いちばん最初に、老師のもとに戻ったのは若い弟子でした。

手に何かを携えてはいたが、うなだれたまま雨水を受けようとする様子はありません。

遅れて兄弟子たちが次々に桶や鍋を手に駆けつけました。

法堂がどよめきました。

若い弟子が手にしている笊(ざる)を見て、兄弟子たちが吹きだしたのです。

雨受けになどならない笊(ざる)を持ってきた若い弟子の考えのなさをあざ笑っているのでした。

ところが、老師は若い弟子を戒めるどころか、兄弟子たちを叱りつけ、若い弟子を褒(ほ)めたたのです。

理屈からすれば、雨受けの役目を果たす桶や鍋を持ってくるのが正しいし、それが理屈です。

しかし、真っ先に行動したのはこの若い弟子である。

理屈抜きにとにかく体を動かした。

理屈にとらわれているおまえたち(兄弟子)は、まだまだだ。

それが老師のいわんとするところでした。

実は、禅の世界では分別(あれこれと思い煩う)する以前に行えという教えがあります。

これは、拘りや執着を捨てた行動のなかにこそ、仏性が出るものだということを、身を持って悟るために行じている心構えの教えであります。

「機」という言葉が示すように、その瞬間、今という時間に生きる訓練をしていく教えです。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 悩み・苦しみ・迷いへ

岩手県 盛岡市 カウンセリング うつ病 パニック障害 自律神経失調症 アダルトチルドレン DV 悩み相談 無料 奉仕 スピリチュアルワーク 摂食障害 過食症 拒食症 家庭問題 仕事のモラル 人間関係 宗教被害 霊障 整体 カイロ アロマテラピ