看護師長のうつ病

看護師長『仕事をしていて頭痛と目眩(めまい)と吐き気がする、患者さんに話しかけられると頭重感で苦しい、時折、拍動の強い動悸がする、不安感で眠れない、勝手に涙が出て悲しくなる』こういった症状を訴えて相談に見えた某総合病院に勤務する看護師長のAさん45歳。

Aさんは、定期的に看護短大に出向き学生たちの前で講演するなど、相当にハードな日常に追われた生活をしてきたのである。

あまりの体調の悪さに、自分が勤務する総合病院内の内科、脳神経内科、循環器科、婦人科であらゆる検査をおこなったが甲状腺の数値が少し高いだけで、特に重篤な病態は発見されなかった。

最後に精神科に行けと上司に言われて診察を受けたら、うつ病だと診断され向精神薬を処方されたという。

以来、服薬治療を始めてから急に症状が悪化し、仕事ができないまでに追い込まれた。

これは薬で緊張を和らげるなどして症状を緩和し、仕事ができると勘違いすることでかえって根本的原因を悪化させていったためであろうと思われる。

休職し、やがて一年を経過してネットで検索をして私の所にみえたのである。

精神科の医師は、この女性の話しを詳しく聴くこともなく、アドバイスもなく五分で問診を終え、薬を処方して診察を終わったという。

彼女は精神科の対応に不満を持っていたことをすべて話した。そして、薬を服用して何一つ改善されないことへも大いに疑問を持っていたのである。

『あなたは自分の生活を犠牲にして、何よりも仕事を最優先にして頑張ってきましたね。もう頑張らなくてもいいでしょう。もう少し自分をいたわってください。』こういって心から声を掛けるとAさんはハンカチで顔を覆って号泣するのだった。

上司というもの、地位ある者は、医療現場に限らず、どのような場においても努力をしている部下たちに対し、労いの言葉をかけてやるぐらいの余裕と思いやりがほしいものである。

現代の医療現場は、やたら責任を負わなければならないことが多く、消化しなければならない仕事量も多いため、限られた人員で毎日の業務をあくせくとこなしているのが実態だ。そこには全く余裕などない。

これは日本の医療界全体の構造上の問題でもある。

『私は、プロであるあなたに対して医療に関するアドバイスはできません。しかし、今の症状を改善するために必要なライフスタイルの在り方についてなら意見を言えるだけの材料は持ち合わせています。あなたが望むならその辺の話しをしますが、いかがでしょうか?』

『是非、よろしくお願いいたします』

『本音で話したいと思いますがよろしいですか?』

『はい。お願いします。』

『それではお話しします。Aさんの長所はどんなところですか?』

『真面目なところかもしれません。』

『短所は?』

『仕事に夢中になり過ぎて自分を見失っています』

『仕事が終わった後で虚脱感になって何もしたくないと思ったことはありませんか?』

『休職するまではいつもそうでした。責任感で鞭打っていたように思います。』

『長所と短所はまったく別物というものでもないのですよ。あなたの長所は裏を返せば短所にもなり得るのです。これは誰でもそうです。』

『どういうことでしょうか。』

『つまり、あなたの短所は真面目さがバランスを崩した状態の事です。夢中になり過ぎるとあなたはいいましたね。つまり、真面目が過ぎると融通がきかない状態になるのですよ。そのために協調性に欠ける場合もでてきたりして軋轢(あつれき)が生じるのです。客観的に自分を見れなくなってしまっている。』

『確かにその通りのことが多々あります。』

生真面目という言葉があります。こういうことを言うのですよ。融通のきかない状態、精神状態のことです。』

『私は、責任ある立場でしたから、それを果たさなければならないことで寝ても覚めても仕事の事ばかりを考えてきました。仕事を終わっても次の準備もしなければならず、休めるときがありません。』

『あなたが言うことはもっともな話です。しかし、2トントラックに4トンの積載をして走り続けてきたのです。わかりますか。積めないことはありませんが、壊れるのは目に見えています。』

『はい。』

『トラックといえどもそんな使い方をしたら耐用年数は通常の半分しか持ちませんね。あなたは一人で二人分の仕事をやってきたのですよ。身体に限界がくることは簡単にわかる道理です。』

『はい。わかります。今がその状態ですから。』

『仕事もそうですが、心の使い方も張りつめてばかりですと糸は切れやすくなります。時にはゆるめてあげることで壊れずにいられるのですよ。』

「私は自分で仕事をつくり、家にまで仕事を持ち込み、寝るまで仕事や勉強や準備に追われていた生活をしていました。いつも患者さんや部下の看護師たちに笑顔を絶やさず、厳しくパーフェクトを演じていたように思います。」

「あなたは心と体がこのような状態になって、これからもそのような生き方をしていくつもりですか?」

「いいえ、できません。もうたくさんです。」

「自分の体の限界を知り、心の在り方を悟ったはずです。

人間、パーフェクトでいられることもありませんし、心も体もバランスの取れた生き方を反れて長期に酷使することはできようはずがありません。

あなたは病気というより、体力の限界を超えたことによって全身が正常に機能できなくなったということと、そのことによって精神的にも余裕がなくなり、さらに体の機能を低下させた状態だということでしょう。

これまで長きにわたって働き詰めだったのですから、自分へのご褒美にゆくりと体に休息をあげたらどうですか。」

「はい。そうします。」

「薬は服用していますか?」

「今は減薬をして最低限度の眠剤と向精神薬を一種類だけにしております。」

「今後は一か月間で断薬を目指した生活をしていきましょう。」

「はい。是非そうしたいと思っています。宜しくお願いします。」

私はこれまで何度もうつ病や、パニック障害などの症状や、その実態、過剰な処方箋、医療現場の諸問題について触れてきました。

何故か減薬、断薬に関しては積極的でないという対応が目立つのです。

願わくば、一人一人の患者さんに対する時間をもう少し増やしていただき、インフォームドコンセント(説明と理解という相互のコミュニケーション)がとられるならば、患者自身も安心感が生まれ、信頼も生まれ、減薬、断薬に近づいていけるのではないのかと思われてなりません。

ともあれ、精神科や、心療内科の患者への対応は流れ作業的な観が否めないことは残念であるとともに、社会問題として提起されはじめている。

過剰服薬・死亡の患者

精神疾患・出し過ぎる薬の弊害

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