仏智を悟る般若心経(最終編)
般若心経(心行)の真意
仏智を悟る般若心経Ⅰ
仏智を悟る般若心経(続編)
三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
故知般若波羅蜜多 是大神咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒 能除一切苦
真実不虚
故説般若波羅蜜多咒 即説咒曰 掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦
菩提薩婆訶 般若心経
きょうは最終章の解説となります。
三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提
三世の諸仏とは、過去、現在、来世にわたっていつの世でも、依般若波羅蜜多故、つまり、偏りのない正しい生活行為をすることによって智慧というものを得阿耨多羅三藐三菩提、悟られたのである。
しかし、怒り、恨み、嫉み、そしりの心や、増上慢な心つまり天狗になってしまうと、心に曇りが生じ、その光は消えてしまいます。
地球上における不自然なスモッグは、不調和な曇りで太陽の光をさえぎるが、私達の心も同じことです。
人生の目的や使命を知ることはむずかしいものです。このことを知った人は、生きる喜びを知り、感謝し、報恩の行為を実践します。そこには、自己保存も自我我欲もなく、不自然な闘争も破壊もないのです。
このため、心は安らぎ、常に平和な生活を送っています。
苦楽の原因は、五官と心が作り出しているということを知って欲しいと思います。
一日一日の生活を反省しているとき、外界が真暗であっても、私達は、瞑想中に、眼の前が淡い金色の光におおわれていることを知るのです。
これが、光明の世界です。光明の世界は、次元を越えた世界で私達は、心を調和することによって四次元以上の光明世界と意識が同調して、あの世を見ることができるのです。
そして、その世界も、その人々の心の調和度に比例したそれぞれの世界が存在します。
つまり、不調和な人生を送った人々には暗黒の地獄界が展開されているといったように、あの世には、はっきりとした心の段階があるのです。
しかし、この点だけは正しく理解してほしいのですが、地上の現象世界を去った私達を、神仏がその調和度に応じて天上界へ送ったり、地獄界に堕としたりするのではありません。
この世で、どんな生活をしたか、その自分自身の想念と行為の総決算が、自らにふさわしい霊囲気に導く、ということです。
この光明の世界は、今のような経済奴隷に成り下がった人達にはとうてい体験することはできないといっていいと思います。
導体に電流をとおすとき、その導体に抵抗が多いと、電気のエネルギーは、熱エネルギーに変わってしまいます。
特に、ニクロム線のような導体は、熱エネルギーに変わりやすいのです。
これは、河川における水の流れと同じといえましょう。
電流も、銅や銀や金の場合は、抵抗か少なくひっかかりがありません。それは、電流が素直に流れるからです。
私達の心も、そのように、不調和な抵抗を作り出してしまうと、苦しみや悲しみを作り出してしまうといえます。
導体の抵抗が熱エネルギーに変わり、導体が熔けてしまうことがあります。熔けてしまうと電灯は消えて暗闇になってしまいます。
人間は、暗闇になってしまうと、一寸先も見えないし、どんな危険物があるかも解らず、そのために恐怖心さえ生まれてきます。
導体が電流を流しても安全であれば、ひっかかりがないため、暗闇による恐怖にさらされることもないでしょう。
つまりこれは、心の原理と同じものなのです。
従って、悟った人達は、心が調和されているため、心にひっかかりがなく、一切の恐怖心もないから、光明のある、執着のない終局の悟りの世界を得ている、といえるのです。
過去・現在・未来という三世を、あなたはどう生きるか。
転生輪廻を、どう生きねばならないか。
智慧の宝庫は、どうやったら開かれるか。
そして、光明ある彼岸に到達するには、どうすべきか。
過去、現在、未来という三世における、悟った方は、転生輪廻の過程で体験した人生の価値ある智慧の宝庫の扉を開かれた方々です。
つまりそのために、
阿耨多罹 三藐三菩提(インドの言葉では、アーヌクタラー・サソミヤク・サンボデー)という最高の悟りを得たということです。(日本の読経は、アーノクターラー・サンミャク・サンボーダイ)
最高の悟りを得たから、内在される仏智を知ることができた、ともいえます。
是大神呪とは、これこそ大宇宙を支配している大神霊の神理であり、是大明呪である。
すなわち、これこそ大神霊より与えられている大光明の神理であり、
是無上呪であり、つまりこれ以上の神理はないということです。
是無等等呪であり、すなわちこれと比較するに等しい神理はない、ということです。
能除一切苦、真実不虚とは、良く一切の苦しみを、人生の生老病死を原因として生ずる苦しみを除き、真実であって、偽りではない。
故説般若波羅蜜多呪 即説呪日。それゆえに、般若波羅蜜多の神理を説き、実践したのちに、
羯諦 羯歸 波羅羯歸 波羅僧羯諦 菩提薩婆呵 般若心経、悟りの彼岸に到達しよう、ということになります。
インドでは、カーティ、カーティ、パラーカーティ、パラーサンカーティ、ボデースバハー、と読みますが、カーティとは彼岸という言葉で、パラーは、到達するとか、行くという意味になります。
サロモンとは比丘(男性)、比丘尼(女性)すなわちサロモソーサマナー(修行者)ということです。
ボデーとは悟りをいい、スバハーは成就するとか、一切成り立つという言葉です。
これをとおして、今日ふうに訳しますと、「彼の岸、彼の岸、彼の岸に行こう。比丘、比丘尼達も、悟りの彼岸に到達して、一切を成就しよう」という意味になりましょう。
以上で般若心経の解説を終わりにいたします。
過去現在未来という三世を、私たちはどう生きるか。
転生輪廻を、どう生きねばならないか。
智慧の宝庫は、どうやったら開かれるか。
そして、光明ある彼岸に到達するにはどうすべきか。
この般若心経の解説を何度も熟読し、心に落ちるまで、日々の生活に意識して実践していただければ望外の喜びであります。
次回は、修行僧様からの問い合わせに対する返信として投稿したいと思います。お待ちください。
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