親でも、縁者でも、死からすくえない

「親子でも、縁者でも、その死から護れない」
生を明らかにし、死を明らかにすることは、人として生きるには必要欠かざる一大事だと思うのですがどうでしょうか。
「明らかにする」ということは、いわゆる断念の諦めるではなく、明らかに見る、確認することです。
人生ということについて真剣に考える人々にとっては、生とは、死とは何か、をよく明らかにして安らぎの心を知ることがもっとも大切になってくるはずです。
「生きがい」ということについてよく論じられますが、生死の意味を、正しく明らかにすることによってこそ、はじめて生きがいの根源となるのではなかろうか。
私の母は5歳の男子を木の実の食べ過ぎという事故で失っています。終戦間際のことですが、長男が生きておれば今の私はおそらく母の子としては今生、この世に生まれていなかったことでしょう。
ちょうど可愛い盛りのこどもを失った悲しみは測り知れないものであったはずです。
幼い息子の死は、この世的な考えでいうならば、親を選ぶ自由のない子と、子を選ぶ自由のない親との不思議な出会いの縁をかみしめる暇もなかったでありましょう。
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眼から鱗(うろこ)
ここで古代インドの話しをします。
キサーゴータミーは貧しくて若い母です。不幸にも、彼女は夫に先立たれ、ついで愛児を亡くします。
喪心した彼女は、医師に、「先生、必要なものは何でもさしあげます。どうぞ、この子を生き返らせる薬をください」と頼みます。
医師は、気の毒そうに、「死とは、細胞の新陳代謝がとまることである。人間なら、その生活機能が完全に、永久に停止したことである。気の毒だが、この子の呼吸も心臓の鼓動も止んだ。瞳孔もひらいて光線への反応がない。蘇生は不可能だ」と説明します。
彼女は、もとより医師ほど、死についての正確な知識はありません。
しかし、死んだ愛児が蘇生できないことは、よく知っているのです。
自分でわかりきっている解答ほど、いくら他から説明されても、腹の中までは納得しにくいものです。
わかっていて、実は心の底に落ちていないから苦しいのです。
というと、矛盾のようですが、その事例は相談事例としていくつもあります。
学問や道理で、いわゆる知識として理解できても、心の底までストンと落ち着く知恵になっていないのが、苦のゆえんです。
それには自ら開眼をしなければなりません。
そのためには、苦の問題を大切に持ちつづけ、自分自身で温めるのです。
すると、何かが機縁になって、うん。と合点できるときがやってきます。
これを、古人は「眼の鱗が落ちた」といいます。
眼中のゴミが、拭きとれたように、こころの目がひらくのです。
わかっていながら、わからない悲しみ
彼女は、目の鱗か落ちぬままに、次に哲学者を訪ねます。
哲学者は彼女のあせりを感じて、手短かに、 「よく聞きなさい。人は、生まれ、そして死ぬ存在だ。大王でも大富豪でも、この法則から逃れられないのだ」と説きます。
それも、彼女は百も承知です。承知していて、しかも承知できないから悲しいのです。
私にも両親を亡くした経験があり、可愛がってもらった叔母を亡くした経験、兄弟のように仲の良かった従弟をガンで亡くした経験があり、言葉にできない悲しみを体験しました。
ですから若いお母さんであるキサーゴータミーのうろたえを笑えません。
彼女は、人にすすめられて釈尊に問います。
彼女は、悲しみの極致にありながらも涙も枯れ果てて出ません。
彼女の愚痴に近い素朴な嘆きの訴えに対して、釈尊は何の説法もしません。
深くうなずくと、「ゴータミーよ、街に出て、どの家でもいいから、芥子(けし)の種を一粒づつもらっておいで。そしたら、その願いが適えられよう」と。
古代インドでは、どの家でも芥子の種が貯蔵されていたそうです。
現代で言う常備薬のようなものでしょうか。鎮痛効果や不眠、精神を落ち着かせるときに頓服的に用いたのでしょう。
芥子にも種類がたくさんあり、麻薬を製造できることからすれば当時の芥子の種を貯蔵する意図が生活の知恵であったと理解できます。
釈尊にそういわれた彼女はいそいそと街へ出かけます。
その後ろ姿を、釈尊のしずかな言葉が追いかけます。
「まだ一人の死者も送り出さぬ家に限るのだよ」と。
彼女の乞うままに、どこの家でも誰もが快よく芥子の種を出してくれます。
しかし、葬式を出さない家も一軒もありませんし、どこの家を訪ねても必ず死者が出た家ばかりでした。
この事実を体験してはじめて、キサーゴータミーは眼の鱗が落ちたのです。
鱗が落ちたら、新しい涙が乾いたはずの眼にあふれます。
冷たい、すでに色変じた愛児の骸を抱いたまま、彼女は釈尊の前に崩れるようにうずくまると、ただ一言「わかりました!」と、激しく嗚咽するのでした。
修行僧たちの誰もが涙を誘われ、若いお母さんの姿に泣き出しました。
彼女はのち出家して尼僧になります。
彼女の眼の鱗を落としたのは、芥子の種が縁です。
しかし、芥子の種に神秘性があるのではありません。
終戦後の日本なら、どこの台所でも見うけるマッチ一本が芥子の種にあたります。
「わが子 わが家畜(財産)の愛におぼれ 歌にとらわるる人びとを 死はさらわん 眠れる村を洪水の押し流すがごとくに」
子どもにも、財産にも執着すれば、それだけ心を見失ってしまうことになる。それはまるで洪水によっていきなり流されてしまう命のようなものだといえるでしょう。
このごろは、核家族がどんどんふえてゆきますか、どんな核家族でも、その直系の先祖や親戚が何年かの間に亡くなった事実のないはずはありません。
若いお母さんの、キサーゴータミーの知識が知恵に育つのには、自分の脚で歩く遍歴が必要でした。
小さな遺骸の前で、キサーゴータミーが我を失うほどに憔悴しきった姿は決して他人事ではないでしょう。
死は、私の師です。
学びと気づきがあるからです。
死は私の師なり。
生きている人間も私の師です。
すべての存在が私の師です。
多くの眼の死と師によって、私の眼の鱗をとらせてもらいました。
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