死んだ娘に会いたい2

天使きょうは前回投稿した「死んだ娘に会いたい」の後半のやり取りを掲載させていただきます。以下。

返信

ME様。おはようございます。

昨日あなたのことが心に浮かびまして、どうしておられるかなと案じておりました。

親子の情、これは月日を限定して割り切れるものではありませんね。

ですからあなたの寂しさ、悲しみ、悔しさを思いますと言葉など無力を感じてしまいます。

お子さんが夢に出てきてくれてよかったですね。

今回の霊夢はあなたの心情を思っての霊界のはからいと理解してよろしいかと思います。

私の心に映る娘さんの世界は間違いなく天上界です。

ご安心ください。

あなたのご質問にお答えしますが、生まれ変わり、輪廻転生は一定の時期が来れば必ず下生してきます。

これは地上人間の都合ではなく、霊界の仕組みとしての秩序です。

但し、地獄界からは地上には生まれてくることは叶いません。

輪廻転生の事実は地上に存在する宗教、宗派とはまったく関係なく霊界の仕組み、そして、宇宙の仕組みとして変えることのできない法則として存在するものです。

仏教であろうが、キリスト教であろうが、新興宗教であろうが、それらとは関係なく霊界の秩序と仕組みは厳然として営まれています。

天国、極楽、これは言葉としては教義の問題であり、解釈の問題でしかありませんが、実態は各個人の魂のステージによって居住する段階に違いがあるものです。

霊界の仕組みは、私たち地上に肉体をもって生きる人間の解釈やルール、律法で変えられるものでもありません。

宗派によって行ける世界が違うとすれば、それは間違った教義を信じて亡くなった場合、学んだことと、死後の世界の実情とのギャップに戸惑い、意識がついていけないということが迷いとなり、幽界にとどまるということになる場合があるということです。

現代日本の仏教は、本来の教えから逸脱した教義、習慣、伝統がたくさんあります。

それはキリスト教にもあります。

葬儀、戒名、香典、ご法事、供養の習慣と実態、諸々あります。

これらについても私のブログ内で検索すればそれに関する記事がでてきます。

例えば、「供養」 「戒名」 「葬儀」というようにです。

修行という言葉のもつイメージは、とても重く、厳しく、厳粛なものという感じがしないでもありません。

ただ、修行という言葉の本来の意味は、人生そのものが修行だと私は理解しております。

執着せず、調和して、生活すること。

このなかには艱難辛苦あり、喜びあり、悲しみ有りです。

これほどの修行があるでしょうか。

現に、あなたがいまおかれた状況が一番厳しい修行の局面にあると思いませんか?

修行というものは特別なことを指していうのでもなく、宗教的な行為や行事をおこなうことが修行なのではないと思うのです。

ある意味において、出家して宗教の世界に生きるより、私たちのように在家で生きることのほうがたくさんの試練、厳しさがあります。

霊界にも段階あり、天国にも段階あり、あの世は厳然として魂のステージによって居住世界が異なります。

私たちの死後は、宗派の違いによって決まることはありません。

あくまでも個人の魂のステージによって決まるだけです。

宗教に入信することは心の在り方、執着のない生き方を学ぶ点においては有効かと思います。

しかし、間違った習慣、文化、伝統を習うことにもなりますからその辺はよくよく客観視することも肝要かと思います。

伝統ある宗教、教団だからといっても間違った伝統もあります。

私はこれまで日本の宗教界における問題点を記述してきました。

そういった記事も参考になさってみてください。

ME様の心安らかなることをお祈り申し上げます。

観童

2015/10/5 受信

観童様

お疲れ様です。

丁寧なお返事ありがとうございました。

主人は観童様の言葉を聞きスッキリしたと言っていました。

間違って解釈しているかもしれませんが…死後の世界への入口は宗教などによって表される形が違う。

しかしその先は、天国であり極楽浄土であり、行き着く先は皆同じ。といった所でしょうか?

地獄…行きたくないですね。

今日は特に浮き沈みが激しいです。

娘を思い出し、失った重圧に耐えられず泣きっぱなしな夜となっています。

昼間は晴天だったのに、夕方から雨が降り出したからかもしれませんね。

観童様、納骨というのは本当に必要なんでしょうか?

主人は魂と肉体は違うから、あるべき場所に置いた方が良いと。

私はやはりそばに置いておきたい気持ちがあります。

魂はいつもそばに居る。

肉体にはもう魂がないわけだから、骨はいわゆる抜け殻、主人はそういう考えのようです。

私もそれは理解出来ますが、まだ割り切れません。

娘は生きている間、ぬいぐるみ付きのおしゃぶりを片時も離しませんでした。

事故を起こした際も手にはおしゃぶりを持っていました。

2つあったので、1つは棺桶に、もう1つは私のそばにあります。

先日観童様に送った写真で娘が持っていたライオンのぬいぐるみがその1つです。

私は事故の時持ってたイヌの方を形見として貰いました。

火葬後、金属やオモチャ類は全て燃えたのに、おしゃぶりの口にくわえる一部分だけが骨と一緒に残っていました。

これも娘が何か伝えようとしたのでしょうか?

娘との思い出の場所へはもう行けそうもありません。

しかしそれは娘にとってどういう想いになりますか?

受信

ME様。こんばんは。

ご質問の

「納骨というのは本当に必要なんでしょうか?」

これはご主人の言う通りです。

問題は、いつかはお骨を土に返してやること。

その時期はあなた自身が心が落ち着いてからでもいいのですよ。

但し、長くお骨に執着しないことです。

愛することと、執着することのちがいをしっかりと区別してくださいね。

「おしゃぶりの口にくわえる一部分だけが骨と一緒に残っていました。」

これはお子さんが伝えようとしたのではなく、最後までおしゃぶりを大事にしていたということの想念の証です。

「 娘との思い出の場所へはもう行けそうもありません。しかしそれは娘にとってどういう想いになりますか? 」

思い出の場所に行けなくてもそのこと自体は問題ではなく、悪影響もありませんから何らの心配もいりません。

ご安心ください。観童

受信

観童様

お返事ありがとうございます。

そうですね、やはり納骨はしなくてはいけませんね。

魂はいつもそばにいる…まだ実感出来ないから、骨に執着してしまってるのかもしれません。

娘が大切にしていたおしゃぶり、私も大切にします。

私が死んだ時は一緒に持って行って、娘と再会する時に返そうと思います。

いつも丁寧な対応に感謝しております。

主人も観童様の言葉に救われたと言っています。

ぜひ今度はそちらに伺わせてください。

背骨が曲がっていて、腰痛がヒドイです(笑)

季節の変わり目ですので体調を崩さぬようお気を付けください。

ME

返信

あなた自身が辛いのに優しいお言葉を掛けていただいて、お心づかい、ありがとうございます。

胸を切り開いて見ることができるならその寂しさ、悲しみ、悔しさを確認できるのに、どんなに苦しくても通常は心を肉眼で見ることは叶わないことですね。

お子さんのお写真を見ると本当に天使のお顔に心が震えてしまいます。

心からご冥福をお祈りします。

そして、あなたのお心が癒えますように。

合掌。

神よ、ME様のお心に光をお与えください。

心に安らぎをお与えください。

愛娘の心に、安らぎと、神の光をお与えください。

天上界の光りの天使たちよ、この子を然るべき天上界においてお守りください。

観童

2015/10/16受信

観童様 おはようございます。

先日はありがとうございました。大勢でおしかけてしまい申し訳ありません。

観童様の言葉は深く、とても心に残りました。

 私は中絶をしています。

自らの手で子供を亡くした私は、きっと子供のいる天国には行けないと思っていました。

地獄に行くんだろうなと・・・・。

なので観童様には何度も娘と会えるのか確認してしまったのです。

主人は事故以来、友人との連絡を絶っています。

私はそんな主人に『気晴らしになるなら外に出てほしい』『元気を出してほしい』と思っていました。

しかし昨日1階にいる私に気遣い、2階で泣いていた主人を見て『なんて私は浅はかな考えてだったんだろう』と申し訳なくなりました。

主人の哀しみは、私の想像をはるかに超えています。

主人が「子供は自分で母親を選んで魂が宿る。羨ましい。」と言っていました。

娘が亡くなったのは運命だったのかもしれません。

でもその運命を変えることも出来たはずです。

まだ後悔や無念が強いので、娘を引き止めてしまっているのではないかと心配です。

やはり娘のことを想うなら、しっかり供養しなくてはいけないのですが…。 ME

返信

ME様。こんばんは。

先日は遠く岩手まで足を運んでいただき、ほんとうにご苦労様でした。

狭苦しいところで何のもてなしもできずに申し訳ありませんでした。

MEの中絶のお話し、どれほど悔いても過去に戻ることができません。

当時はどうにもならないご事情もあったことでしょう。

しかし、あなたはその事実を心から悔いて懺悔しております。

そして、心が調和されています。もう許されましたよ。

あなたは地獄にはいきません。

だから子どもたちのために、ご主人のために明るく生きてくださいね。

ご主人が二階の部屋で一人泣いておられたとのこと。

お気持ちが痛いほど理解できます。

でもね、泣きたいときは泣いてください。

泣かせてやってください。

ご主人が泣いているときに、そっと傍に寄り添ってあげることが可能ならそうしてあげてください。

あなたの愛が伝わります。

無言でいいのです。

あなたも一緒に泣いてもいいのです。

言葉では表現のしようがありませんが、私にはご主人のお気持ちがわかります。

苦しいほどに。

あなたのご主人に対する心づかいは浅はかではありません。

それでいいのです。

今はお互い何をしても亡くなったお子さんへの思いが優先されていますから致し方ないのですよ。

決してご自分を責めることだけはしないでくださいね。

供養は、心からお子さんへ声を掛けてあげてくださることでいいのです。

それ以上の供養はありません。

決してこれまでのような仏教界のやり方で成仏するとかいうことではありません。

そのことを正しく理解してください。

ご覧になったかも知れませんが、私のブログないで「供養」と検索してみてください。

ゆっくりでいいのです。

心の落ち着く日がくるまで、ゆっくりでいいのです。

観童

追伸

ご主人様がくださった「志」ですが、後で拝見してあまりの金額の多さに驚いております。

私はこれまで一度もお金を頂戴したことがありませんし、初めてのことで戸惑いました。

そして考えました。

結果、私が居住する自治体の社会福祉への全額寄付をと考えましたがいかがでしょうか。

障害者児童の支援、要介護者への支援に使われることになろうかと思います。

お許しをいただけましたらそのようにしたいと思います。観童

受信

観童様

主人に伝えましたところ、ぜひそのようにお願いしますとのことです。

主人は後々考えたら、無理矢理渡してしまった事を気にしていました。

観童様が今までお金を貰わないというスタイルだったのに、こちらのエゴで押し切った事で、今まで積み上げてきた事を崩してしまい申し訳ありませんと言っています。

本当に必要とされている方々の力に、微力ながらも協力出来て嬉しいです。

ありがとうございます。

娘のおかげで、観童様という素晴らしい方と出会えた事に感謝しています。

私自身まだ浮き沈みがありますので、また辛くなった時はメールしてもよろしいでしょうか? ME

返信

ME様。

おはようございます。

頂戴したお金の事に関しては、ご主人さまに心から感謝をしております。

御許可をいただいたということで、福祉のほうに全額寄付をさせていただきますね。

ありがとうございます。

私が感じたご主人様のお心はとても穏やかで温かなお人柄と思いました。

同性からみても包容力と優しさのある素晴らしい方です。

あなた自身は浮き沈みがあるとおっしゃいましたが、当然のことです。

そう簡単に割り切れることではありません。

いつでも、何でも結構ですから、遠慮なさらずにメールをしてください。

私にできることであればお応えさせていただきます。観童

 

観童様

こんばんは。こんな時間に申し訳ありません。

3歳の娘の様子がおかしくて、今主人が病院へ連れて行きました。
夜泣きにしては尋常ではなく、本人は「目が痛い」と左のコメカミ辺りを押さえて泣き続けています。

はじめは頭を抱え込んでいた様子でした。
それを見た主人は思わず「Kか?」と。

正直私も一瞬考えてしまいましたが、亡くなった娘がそういう事をするはずがないと信じたいのです。

しかし何か伝えたい事があるのではないかと思えてなりません。

今はただ娘が何事もなく帰宅してくれるのを待つばかりです。ME

同日受信

観童様 娘が帰宅しました。落ち着きを取り戻したようです。

診断結果としては左目がカブれているのが原因ではないかと…正直腑に落ちない所がありますが、医学的観念からだとそういう診断になるのかもしれません。

小さい子供が言う事なのでどこまでが真実なのかは分かりませんが、どうやら娘にはKが見えるようです。

よく「Kちゃんココにいるー」とか「Kちゃん笑ってる」なんて言うので、私達夫婦も思わず「Kどこにいる?」なんて聞いてしまいます。

しかし一昨日くらいから「Kどこ?」って聞いたら「んーわかんない」と言うようになりました。

だからついに天上界へ旅立ったんだと思い、寂しいながらも気持ちの整理をしていました。

でもふとした瞬間に「Kちゃんママの髪の毛引っ張ってるよー」とか言うので、『やっぱり側にいるんだ』と嬉しさの反面、成仏出来ずにいるのではと心配な気持ちで複雑です。

今日たまたま主人と、四十九日が過ぎたらもう娘にKの事を聞くのはやめようと話していたんです。

娘は天上界にいるけど心は私達の側にいる…それで十分だと思ったからです。

もちろん娘が自分からKの話をする時は受け止めてあげようと思います。

お寺さんの都合等で、四十九日に納骨出来そうにありません。

準備が出来次第すぐにやる予定ですが、今は家族全員で寝る寝室に骨壷を運んで枕元に置いています。

この行為は大丈夫でしょうか? こんな時間にお騒がせし申し訳ありません。ME

返信。

今回の頭痛についてですが、

医学的な解釈で説明できる問題ではないと理解していただいてよろしいかと思います。

明らかに、Kちゃんのメッセージによる影響と思っていいかと思います。

Kちゃんは頭痛をおこしたくてやったわけではありませんが、もうすぐ天上界に旅立たなくてはならない時期がくるために、

いまのうちにたくさん甘えたいだけです。

こういう方法でしか自分の存在を知らせる術がないのです。

一番わかりやすい手段として感受性の強いお姉ちゃんを選んだということです。

幼い子供ほど霊界とつながりやすく、大人になるにつれてその霊道が閉じられてきます。

よく幼い子が「見える」というのはそういう理由があるからです。

簡単にいうと心に穢れが無く純粋ということがあります。

先入観がないということです。

余分な知識や分別がないということです。

実は、昨夜はいつもとは違う肉体感覚があり、深夜2時半頃に意識が働きだし、3時に一度起きました。

今朝7時にメールの着信を確認して納得できました。

今度何かしら緊急の事態がありましたらご連絡いただければ対処させていただきます。

遠隔浄化で事態を治められたらと思います。

何か質問などありましたらご連絡ください。観童

追伸

とりあえず、Kちゃんのお写真を頼りに、Kちゃんの霊体と魂に光を送らせていただきました。

受信

観童様

やはりそうでしたか…なんとなくそんな気はしていました。

事故以来、娘は3日に2日は夜泣きをします。

起き上がって「Kちゃんどこー?」なんて泣く日もありました。

その度にKが夢に出てきているのかなって思ってたのですが、もしかしたらその時はいつもKが存在をアピールしていたのかもしれません。

昨日の泣き方は尋常ではなく、痛がる様子はまさにKを連想させました。

『もしかしたらKは今もなお痛み苦しんでるのかもしれない』と思いました。

私は“憑依”という言葉にあまり良い印象がありません。

だから昨夜は『Kはそんな事するはずがない』と正直信じたくない気持ちがありました。

しかし今考えると、やっぱり昨日居たのはKだったと思います。

痛い痛いと泣き叫ぶ姿はとても辛く、抱きしめて「大丈夫だよ」と言う事しかできませんでした。

Kとして接してあげれば良かったと後悔しています。

もしかしてこれがこちらの世界では最後の意思表示だったのではないかと思えてなりません。

浄化という行為はやはり必要でしょうか?

また昨夜のような事があった際は、「K」と呼んで接しても問題はありませんか?

ME

2015/10/23 受信

観童様 こんにちは。

こちらは随分涼しくなり、青空の広がった秋晴れとなりました。

先日のメールは読んでいただけましたか?

その後まだ3日しか経っていませんが、娘は夜泣きをしていません。

主人が観童様に聞いてほしい事があるそうです。

降霊術でよく見かけますが、ほとんどの死者は泣いています。

先日の事もありますし、やはりKもそうなんでしょうか?

自分が死んでしまった事を嘆き悲しんでいるのではないかと心配しています。ME

返信

ME様。こんばんわ。

10/20に頂いたメールは拝見しました。

今回の「浄化という行為はやはり必要でしょうか?また昨夜のような事があった際は、「K」と呼んで接しても問題はありませんか?」ということについてですが、もし、何かしらKちゃんが傍にきているような気がしたときは声をかけてあげていいですよ。

そして、最後にはちゃんと祈ってあげてください。

「神様、私の娘、Kちゃんを天国へ導いてやってください。Kちゃんの守護霊様。どうかKちゃんを然るべき天上界に連れて行ってください。

Kちゃん。天国へ行ってね。ママもパパもKちゃんを愛しているから安心していいからね。」

こういうようなお気持ちで語りかけてやってください。

特別な経文を唱和するとか、特別な浄化をするとかはお考えにならないほうがよろしいです。

ごく普通に家族が調和した生活を心がけてくさればそれが何よりだし、充分です。

Kちゃんのことは私が浄化の供養をさせていただきます。

それとメディアでおこなわれている降霊の件ですが、信憑性という観点からすれば極めて少ないと受け止めたほうがよろしいのではないでしょうか。

泣いているとは言っても、涙にはさまざまな理由があります。

寂しさの涙、悲しみの涙、会えた嬉しさの涙、怒りの涙、悔いることの涙と。

しかし、故人ではなく、降霊する人の想いが入った場合は信憑性に欠けてきます。

特に、メディアでのパフォーマンスは視聴率の問題があり、内容が最初からショーアップした構成になっている部分が多いと思います。

前にもお伝えしましたが、Kちゃんの場合は魂のステージが高いために天上界に行くことはあっても幽界や地獄でさ迷うようなことはありません。

ご安心ください。

私もできる限りサポートさせていただきます。観童

2015/10/23 受信

観童様

お忙しい中お返事ありがとうございました。

ちょっと気になったのですが、あのようにKが娘を通して自分の存在をアピールするっていうことは、やはりまだ成仏出来ていないということなんでしょうか?

あれが俗に言う憑依ですか?

憑依というのは悪意があるイメージでしたが、Kが私を恨んでいるからだと考えられませんか?

そして、今後成仏したであろうKが、またあのように苦しみ憑依したりしてしまうのでしょうか?

私は昨日からとても落ちています。

Kの肉体を失った現実を再確認し、色々な感情が入り混ざった状態です。

この気持ちはなんだか恐怖心に似ていて、 緊張している時みたいに心臓がドキドキ高鳴りギュッと詰まります。

亡くなってから初めて感じる感情です。

時間が経てば経つほど、Kの成長がこちらの世界で見れないことを悔いています。

こんな状態だからKは後ろ髪を引かれているのかもしれませんね。ME

返信

成仏ということは通常は簡単なことではありません。

特に数十年間生きた大人の場合はどうしても執着が強い傾向にあり、死後においてそれを断ち切るまでに時間を要するのです。

Kちゃんは幼児です。

心に穢れがありません。

あの世に居る時の綺麗なままの心です。

ですから大人よりもはるかに速く天に昇りやすいのです。

大切な事は、Kちゃんの天上界での生活を祈ってやることです。

肉体がない今は、これまでのような家族としての生活ができません。

どれほど愛情が強くてもそれは叶わないことです。

Kちゃんが天上界に召されることの邪魔にならないような心構えが必要です。

厳しく、寂しいことですが、愛することと、執着することの違いを悟らなくてはなりません。

くれぐれも動揺しないように、拘りをもたず、いまいる子どもたちとご主人にも心を向けて行くようにしましょう。

Kちゃんは目に入れても痛くないほど可愛いお子さんですが生活する世界が違います。

そこのところを納得することも大切です。

心臓がドキドキする高鳴りは心配や、動揺、不安感、恐怖心からそうなります。

何も恐れる必要はありません。

ご安心ください。

憑依を心配されていましたが、今回のお姉ちゃんの頭痛やKちゃん姿を見たことなどは憑依とはまったく異なるものですから心配には及びません。

それに通常であれば、成仏できた故人の魂は人間としての喜怒哀楽という感情はあるものの、だからといって憑依することもなく、人を苦しめるようなこともありません。観童

観童様

やはり私がKに執着する気持ちが強いがばっかりに、Kは成仏出来ずにいるのかもしれませんね。

観童様の『死んだ子どもに会いたい』というブログを読んで、私なりの言葉で故人供養の手紙を書き読んでいました。

しかし21日を過ぎたこともあり最近は読んでいません。

私の中でこの2〜3日間は特に苦しく辛く、言葉では言い表せられない気持ちが溢れています…あの手紙はKに宛てたはずでしたが、私自身に言い聞かせていたんだと思います。

自分の為にも、まだ手紙を読む必要がありますね。

もう肉体のある生活を共にできないのは、身に染みて分かっているはずなんです。なのに求めてしまいます。

2歳に満たない年月でしたが、深い深い思い出が沢山あって辛いです。

思い出すと辛いのに、忘れてしまう事も出来ません。忘れたくないんです

せめて夢でも良いから会いに来てほしい…切なる願いです。

もう1つ。観童様にお聞きしたかったことがあります。

先日お会いした時に、娘は「即死に近い状態だったと思う」とおっしゃいましたよね。

私のメールの内容からはそういった表現はしていませんでしたし、まず私が即死したとは思っていません。

むしろ苦しまないでほしい気持ちから『即死だったらせめてもの救い』という願いがありました。

観童様はどうしてそう思われたのですか?もしかして娘を感じられたのかなって思ったんです。

あの時観童様は、私達と一緒に娘が居るかのような話し方だった気がします。「彼女」とか「あの子」ではなく、Kを「この子」と呼んでいたので…。

以上。ここまでがご相談者ME様とのメールのやり取り全文です。

最後のメールには返信をしておりませんでしたが、即死状態であったかどうかについていうならば、たとえ心臓の鼓動があったとしても肉体感覚としての意識は完全に失われていたという状態であっただろうと思われます。

私のなかに「即死」というメッセージが入ってきたことを言葉にしたということでした。

ME様ご夫婦が整体を希望されて岩手においでになり、直接お話ができましたときに、亡くなられたKちゃんがお母さんのひざ元にしがみついて束の間の甘えを許されていました。

とても可愛いお子さんです。

その後、ME様もご主人さまも辛く寂しい中でも、少しずつ安らかな心を取り戻してきておられるご様子、何よりと思っております。

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投稿者: 観童

観童 ★特定団体、宗教団体への所属なし(但し無神論者ではない) ★飲食 好き嫌いなし。和食系。 ★腹八分目がモットーお酒とタバコは体が受け付けない。 ★パソコン歴(俗に言う50の手習い)日々悪戦苦闘 ★経歴、前科なし。 ★サラリーマンから自営業を経て42歳で整体師となる。 ★観身堂を開院 現在24年目、感謝です。 ★期するものがあり奉仕活動としてメールでの純然たる無料カウンセリングをおこなっています。(業務上のカウンセリングやブログ上での相談が多忙のため即日返信はできませんのでご理解お願い致します。) 『生きることの諸問題』 『老いていくことの苦悩』 『病気をすることの苦しみ』 『死に際しての不安』 『家庭内のトラブル』 『対人関係』 『うつ病』 『パニック障害』 『摂食障害・過食症 拒食症』 『宗教被害』 『霊能者被害』 『霊障』 相談に応じています。 お問い合わせは kandou0822@yahoo.co.jp ※ご相談に際しては、お住まい地域、性別、年齢、氏名(ニックネーム可)は最低限お知らせください。

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