人間は頭脳か心か
或る医学者達は、ものを考えるのは前頭葉だと言っています。
それならば、私たちが心の中で、嬉しかったり、悲しかったりしている時に、込み上げてくるものは頭の中から込み上げてくるでしょうか。
私たちの心の中の感情の領域である胸から、込み上げてくるはずです。胸は魂が位置する場所だからである。
脳細胞は、ものをキャッチし受信するただの、セクションにしかすぎない事実が、あらゆる今後の医学界においても実証されていくでしょう。
そして既に心というものが何よりも優先されて肉体に影響するのだとされる精神医学に着目しはじめている国もあります。
肉体船の船長さんであるもっと大事な私たちの魂、その中心にある心というものこそ、脳を支配するものであり、不変的なものだということです。
そこで、物理科学を通して、次元の変わった世界、これを考えてみましょう。
今、特殊相対性理論によって、私たちが日常生活の中でエネルギー、エネルギーという言葉を使っていますが、エネルギーというものは目で見ることはありません。
何故ならば、仕事を成し得る能力をいうものだからです。
このエネルギーというものは次元が違うのです。して物質の次元というのは、私たちの住んでいる世界、三次元の世界です。
何故ならば物質というものを物理的に定義づけますと、質量と体積を有するもの、これが物質だと言っております。
そうなりますと、相対性理論を通しても物質の世界というものは、必ず質量があるんだ。
そして光の速度というのは、一秒間に、地球の周りを七回り半すると言っております。
一方、仏教におきましては、これを色(物質)の世界といっております。
そして私たちの次元の違った世界を心の世界と言っております。
色心不二とも言っております。色心は不二である。即ち物質と心は別ではなく一体であると言っています。
或いはまた、色即是空とも言っております。あるいは空即是色とも言っております。
物質は即ち是(これ)空になる、つまり形のない状態になると言っているのです。
このように仏教の教えの中にあるように、色心は不二だということは、色(物質)と心(空)は循環して繰り返しているという事を説いているのです。
いま私たちの目に見える世界というものは、七色の虹の世界しか、この五官でとらえることはできません。
しかも、虹の七色の両極端にあるところの赤色、その赤から更に赤外線、そして電波に至っております。
この電波も赤外線も私たちの目では見ることは出来ません。更にまた極端であるところの紫外線、X線、Y線、こういう熱線も見ることは出来ない。しかし存在しているのです。
我々の目で見える世界というものは、ほんの小さい世界だということを知らなくてはいけません。
しかし、目でとらえることのできる全ての世界というものは、色彩をもっております。
色彩を持っているために、この一切の万象を色と言ったのです。
色心が不二だという心というのは、私たちの肉体と心は同じだと言っているのです。
更にまた、色即是空という空の世界というものも、この色という世界も同じだと言っているのです。
地上の世界は1次元、2次元、3次元の世界です。
二次元の世界というのは、私たちが毎日見ているテレビ、あのスクリーンはX軸とY軸の平面の世界です。
その平面の世界、そのスクリーンは三次元、つまり立体の世界で制作されて投映された世界です。
その投映されている世界の二次元(画面)に対して、如何にその投映されているヒロインが可哀想であっても、私たち三次元の世界から声を掛けても通じないはずです。
それは4次元のあの世からから3次元のこの世に声を掛けても通じないのも同じ原理によることです。
しからば、三次元の世界というものはどう説明するれば理解できるだろうか。
私たちの暮らす三次元は四次元(あの世)以降の世界の投映されているものであり、そこに次元の存在があるのです。
つまり、あの世からこの世に生まれるのであって、この世からあの世に生まれることは、この世では死を意味するのである。
この三次元の世界というのは非常に、振動が粗悪な、物質的な不安定な世界なのです。
この自然界における諸現象は一切、振動からなりたっております。これは科学の話です。
私たちの心から生ずるものもこれまた振動です。
私たちの脳細胞の中に起こる脳波の波もやはり同じ振動です。ただ次元が違うだけなのです。
それでは色即是空の世界をもっと分かり易く考えてみましょう。
いま、私達は固体、液体、気体という三つの変化をする自然の現象を知っています。
この三つの変化をする氷について考えてみましょう。
氷が水に浮かんで、水面上に出るのは約10パーセントです。殆ど水の中に入っている部分が90パーセントです。よく氷山の一角と言っています。
この氷というものは、分子式で書きますとH2Oです。この水もH2Oで同じです。
こうして水の密度と氷の密度の差によって、それのパーセントを見ますと10パーセント位しか水面上に出ていない。
また、空の雲は水の分子がお互いに分散している状態です。
分散されている状態という事は、ここではじめて熱粒子である振動数というものの作用によって膨張をしてくれば、水の分子の間に入る熱粒子が膨らんでくるから蒸発します。
逆に収縮をしますと今度は水に変わったり、或いは更に温度という熱粒子が冷え込むと氷に変わります。
収縮の度合いが小さくなればなるほど、粒子の変化もまた同じように変わってまいります。
こうなって宇宙に存在している空のあの水もまた高度千メートル上がる毎に6、5度ずつ温度が降下していきますから、やがて蒸発した目に見えない水蒸気も、お互いに熱粒子の収縮にあって雨になり雪になり、そしてまた地表に或いはまた雨となり降ってまいります。
したがって、氷のH2Oも、水のH2Oも、分散されている雲のH2Oも、一つとして変わらないのです。
このような状態を色だと言ったり、見えない世界であっても、また見える世界であっても、色即是空であり空即是色というのである。
水蒸気のH2Oは氷のH2Oと同じであり、氷のH2Oは水のH2Oとなんら変わらないということなのです。
唯これが、科学的に言うと分散と集中だけなのです。この自然界に存在するあらゆる諸現象は、全て輪廻転生を続けております。輪廻転生を続けていないものは何もないのです。
ただ見えなくなったから存在しないということはナンセンスです。
人間に見えない世界の方が遥かに多いという事実は、あらゆる科学的な世界においても、はっきりとしているのである。
人類は物理学を通しても、もう既に現代の素粒子理論は壁にぶつかり、それ以上進むことが出来ない段階です。
人類は、ややもすると科学的、化学的というものの考え方に立ちがちであるけれども、科学なんていうものは実際のところ、まだメッキより薄いものなのです。
見えない地金の部分、つまり、見えない世界の方が遥かに多いということを知らなくてはいけません。
こうして次元の違った世界、宇宙の一切の現象を統べる意識である絶対唯一のgod神とは一体何なんだろうか。或いは仏とは一体何なんでしょうか。
我々は分からずままに、永い歴史の中に体験されて来ている目の前の姿を絶対視して、それを拝むようになりました。
しかし人間が物質だけを追い求めて得たものは一体何なんでしょう。
例えば30年前の東京、隅田川でも垂れ流しによる公害で水が汚れドジョウや魚が取れなくなった時期があったのです。今でこそ規制されて川も当時よりきれいにはなっただろうが人間の経済と物質偏重主義は自然破壊の道を進むことになるということである。
大事な自然というものを、人間が物を追いかけて、追究してその欲望を満たそうとして、公害を作り出したのです。
いま中国が公害を作り出していますが、中国の上空は他国より熱が高いことを宇宙から測定し公表された。公害はこうして人間の、心を失った、物だけに溺れ求めた結果であろう。
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