離婚
離婚すべきか否かを迷っている若い夫婦への提言ですが、不幸な結婚は解消して新しい人生を出発した方がいい場合もある。
しかし誤解のないように。離婚を推奨する意味ではないことを言っておきたい。
人生80年の貴重な時間を憎みあいながら同じ屋根の下で暮らすことはない。
人間は誰でも失敗をするし、過ちも犯す、それなのに間違ったと思ったときに
その結婚を解消することに躊躇することはないと思っている。
しかし、それはあくまでも努力をしてそれでも「だめならば」ということである。
努力もしないで結婚生活が自分の思うように行かないからと言って、すぐに別れたほうがいいというのではよくない。
二人の関係がうまく行っているときには元気が出る。しかしまずくなれば気力を失う。
それは誰でも同じである。出来れば離婚をしないで一生を過ごせればそれに越したことはない。
それに越したことがなければ、先ず、どうすればよいかということです。
子供にしても両親が仲よいほうがいいに決まっている。
子育ては両親が仲良くしていて、且つ、押し付けの教育バカにならなければそれほど心配することはないというのが私の持論です。
ただ仲が悪いのに一緒にいるくらいなら別れたほうが子供のためだともいう側面もある。
私は離婚が子供のために悪いと思っている。
しかし両親が心を触れ合わないで緊張した空気の中で一緒に住んで子供に悪影響を与えるのはもっと良くないと思う。
最善の結婚生活を続ける方法は何か。
更に、どこで離婚に踏み切るのが望ましいかの判断基準があれば心も楽であろうと思う。
男女の離婚理由ランキング
★(1)性格の不一致(双方)
★(2)異性関係。(双方)
★(3)夫が暴力を振るう&妻が家族親族と折り合いが悪い。
★(4)夫が生活費を渡さない&妻が浪費する。
★(5)夫からの精神的虐待&妻の異常性格(感情、怒り、嫉妬)
危険信号
◎トラブルの原因を相手のせいにして自分の主張ばかりする。
◎発生した問題をいつも避けてばかりで解決の努力をしない。
◎離婚を考えている夫婦のなかで、子供の表情が暗く沈んできたり、問題を起こしたら赤信号点滅
◎性格の不一致という言葉を離婚の理由に挙げるのが調停の記録でもトップである。厳密に考えると地球上の人間総人口70億人、似通ったところはあっても、誰一人として同じという人間はいないであろう。性格が一致したものだけが結婚生活をうまくできるのかというと決してそんなことはない、性格の違う二人がうまくやっている夫婦は世にたくさんいる。
逆に、性格が違うからうまくいっているという夫婦がいる。
となると、性格の不一致という言葉の持つ意味はなんだろうか。
●単に価値観の独走にはなっていないか。
●あるいは価値観の押し付けにはなっていないか。
●協調性と思いやりの欠如はないのか。
●相手に求める気持ちが先になっていないか。与える愛があるか。
●受け止める姿勢ができているか。望むことが多くないか。
このような五つの事柄ができいていたなら争いも起こるはずがないし、性格の不一致という言葉で離婚理由ということにはなるはずがない。
こういったことで努力をして、どうしても無理ならば離婚も止む無し。
環境を変えて新たな人生を歩んだ方が心の調和につながるであろう。
夫の暴力
『窮鼠猫を噛むという諺がある。』追いつめられたねずみが猫にかみつくように、弱い者も追いつめられると強い者に反撃することがある。
夫婦で夫が弱い立場だとは言わないが口では妻に及ばないという人が結構いる。夫は自分に非がある場合は勿論だが、非がない場合でも理詰めでやられたら口では女に敵わないし、最後は悪いとは知りながらもブレーキが利かず手をあげてしまう場合が多いという。
もっと悪いのは自分の非を反省するでもなく悪態をついて女房に手を挙げるパターンである。これなどは弁解の余地はゼロである。
異性関係
これは離婚理由として男女ともにと言いたいが男性からの申し立ての方が多い。
古い話しですが昔は旦那様といわれた財産家の主が、経済力に物を言わせて外に妾を持っていたことはよく聞いた。
不思議なのは正妻も暗黙のうちにそれを了承していたのか、せざるを得なかったのか特別に争いを起こさず暮らしていた時代もあったのは日本だけではない。
愛のない欲望だけに暴走した関係は嫉妬と恨み、憎しみを誘い、やがて怒りが暴発することになる。
妻が家族親族と折り合いが悪い
これは妻だけを指摘するように取り上げるわけにはいかない。そういう結果に
ならざるを得ない環境の元には身近な理解者であるべき夫の不理解と非協力てき自己中心な行動が隠されている場合がある。むしろ夫が家族の中心となるべく努力をするなら妻の立場も随分と和みやすく、余分な緊張は生まれてこない。
弱い立場の妻を補う夫の立場はとても大事なのである。
夫が生活費を入れてくれない。
これはただ一つ、失業を除いては一切の言い訳はできない。弁解の余地なしである。離縁状を叩き付けられても文句はいえない。
妻が浪費する。
これは欲しいものを買うか、必要なものを買うかの金銭感覚であろうか。
経済的に余裕があれば欲しいものを時には買うも潤いをもたせる意味ではいいでしょうが、家計が苦しいのに欲しいものを買うわけにはいかないでしょう。それを浪費といえばその通りです。これは心の在り方に問題ありです。そして工夫が必要です。欲が勝ってはお金に不自由するのは当然。
夫からの精神的虐待
これは明らかに夫の心に闇が存在する。それも幼少期における抑圧と親からの精神的虐待に悲しい思いをした経験が心の中に潜在していると思われる。特にお母さんから。自分一人で解決できる問題ではないだろう。
妻の異常性格
妻の性格が異常なのか夫の心が狭すぎるのか。いずれにしてもこの問題は嫉妬が大きく存在している。
なんでもないこと、気にするようなことではない話題にさえも執拗に夫を問い詰めてくる。これはやはり尋常ではない。
このような背景には夫に問題がなければ、妻の心にトラウマが存在する。
過去の恋愛で嫉妬するような事実があって未解決のまま心にしまい込んだ。
あるいは、母親が嫉妬で夫に詰め寄っていた幼少期、社会での同僚同士での嫉妬など。嫉妬の背景には愛に飢えた心が覗える。また自己中心てき、自己保存の自意識が強く常に自分を優位に置きたいという自我が潜在する。
これは自ら率先して心の在り方を、そして愛の在り方を学ぶことが幸せにつながるであろう。
自然も人生も営みは一如。生涯にわたって波風のない日はなく、春夏秋冬のなかで生かされている。
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