魂の平等・環境の不平等

ある社員が会社の処遇に対し不満をもって発言した。『平等に扱い給料を同じくアップするべきだと』その社員は別な業務の社員と同じ賃金を要求したのだ。

仕事の場合、人によっては持てる能力や資格の違いなどもあり、それに応じた賃金を支払うのは公平な評価によるものであろう。

こういった経験や能力資格、年齢に関係なく平等に賃金を支払う企業はない。

ここで平等と公平について簡単に説明してみます。

ご存じのように「平等」というのは、個人の資質、能力、努力、成果に関係なく一定の規則通りに処遇すること。

「公平」というのは、すべての人に対し、機会が均等に与えられており、成果を上げた者が評価され、報われること。
また、持っている人が足りない人に分けてあげるというのは公平なことではないでしょうか。

例えば、教師というのは持てる知識を持たざる生徒に指導することは、公正な立場にあると言えます。
更に、人間は国や家庭環境の違い、経済状態の多寡など、生まれた環境こそ不平等ではあるが、人間は誰かれの差別なく平等に神の子として魂をいただき生まれているものです。

これは障害者であっても同じである。

環境や境遇の違う者たちが分かち合うというのは立派な正道です。

私たちの魂が何度も地上に生まれて戻ってくるそもそもの目的も、やはりそこにあります。

分かちあうことの根底には相互扶助の原点である愛と慈しみがあるということだ。

この愛と慈しみを育て磨くための地球もまた、天(神)の創造物であり、人間の所有物ではない。

これは、人間は地上のものは何一つとして所有できない、自分のものとはなり得ないことを意味します。地上にいる間だけリースで所有しているようなものです。つまり一時的な借り物である。

人間のゴタゴタした争いは、皆が、自分がいちばんいいと思うものを少しでも多く自分のものとしようとする、いちばん悪いものを欲しがる者はいません、そこから生じております。

その結果として強欲、貪欲、私利私欲が大手を振って歩く、物欲第一主義が成功者として崇拝されているのです。

地上には物欲優先の副産物が、見るも痛ましいほどはびこっております。

悲劇・卑怯行為・飢餓・栄養失調・残虐行為・略奪・動物実験、こうしたものはすべて物欲を優先させることから生じる恐ろしい産物でしかない。

みんなで分け合うという理念は結構なことです。経営者は働く者たちを潤してやることです。

一つの理念をもつことと、それを実現するために抑圧や迫害や専制的手段を用いることとは別問題です。そこに大きな違いがあります。

私たちは魂のステージアップ(進化向上)のために地上に生まれてくるのですが、一旦、肉体を持つと、その肉体の五官に左右され翻弄されて生まれたときより更に魂を曇らせて還る者たちが多い。

そうして実在界(あの世)に還るのは霊的に未熟な魂ばかりです。

言ってみれば、熟さないうちにもぎ取られた果実のようなものです。

地上で使用していた肉体という表現機関を失って分別をなくした魂を癒すために、実在界の天使たちにどれほどの世話をさせることになるのか。

人間が人間としての義務を果たさないで霊界へ送られていく未熟な魂の世話をしに、一体どれだけの負担を強いることになるのか誰もそこまで考えることをしないだろう。

この世で人に迷惑をかけて、更に、あの世に還っても光の天使たちに多大な世話をかけることになる魂は多いのです。
霊界にとっての迷惑はさておいても、地上での人間同士の争いや戦争を正当化することが許されるわけではない。
魂はその機が熟した時に肉体から離れるべきであるとの摂理に逆らってはならないのです。
進歩と平和と調和を求めて努力する人たちに挑戦して、それを阻止せんとする組織的な活動をしている邪霊集団もいるのである。
地上世界は人類というものを民族別に考えず、すべてが絶対唯一の存在である神の子であるという観点から考えないといけないのだ。
障壁をこしらえているのは人間自身なのです。
絶対唯一の存在は人間の一人ひとりに神性を賦与(ふよ)しています。
したがって人類のすべてが絶対唯一の存在の一部なのです。
私たち人間は皆平等に魂という生命を頂いた存在なのだ。
ただ生まれた環境と肉体的差異があるだけである。
しかし、その差異も自分が生まれる前の実在界(あの世)において承知して選んだことでしかない。
すべては自身の霊性のステージアップのためにである。
きょうも最後までお読みくださいまして心から感謝もうしあげます。またの訪問をお待ちしております。ランキング参加しております。下のバナーをポチッとクリックして頂ければありがたいです。^_^
 
 

未分類

Posted by kansindo