心貧しき者
昨年12月、大阪市立桜宮高校(都島区)の男子バスケットボール主将だった2年の男子生徒=当時(17)=が顧問教諭(47)から体罰を受け、自殺した問題で、生徒が自宅の自分の部屋で、制服のネクタイを使って首つり自殺をしていたことが市教委の調査で分かった。というニュースが流れた。
生徒が顧問教諭宛てに書いていた手紙には「なぐられ、つらい」という趣旨の記載があった。
教諭は市教委に対して、体罰の回数について「自殺の前日に加えて、1、2度」と説明しているが、生徒の両親は「それどころではない、もっと多い」と反論している。
同校がほかのバスケ部員にアンケートを行ったところ、ほかの部員からも複数回の体罰の申告があったという。
しかし、市教委の調査などから、顧問の体罰が日常的に行われていた疑いが浮上し、府警は体罰行為そのものを詳しく調べる必要があると判断した。
生徒が自殺したのは昨年12月23。市教委によると、生徒の母親が自分の部屋で首をつっている生徒を見つけ、119番。生徒は搬送先の病院で死亡が確認された。
生徒は前日に行われた練習試合にミスをした際、教諭に顔を殴られており、生徒の遺体から口が切れる傷が確認された。
市教委によると、遺書とともに数日前に教諭宛てた手紙が見つかり、手紙には「ほかの生徒も同じことをしているが、自分だけがたたかれる。つらい」という趣旨の記載があったという。
さて、戦争は民族の宗教や思想、イデオロギーや自己中心的な国家の利益優先思考が発端で起こるということは前にも申し上げた。
大きな戦争も小さな争いも暴力には変わりがないし、聖戦などあろうはずがないし、あってはならない。
また、悪を多めに見たり、暴力を援助することになってもよいということは絶対にない。
『剣を取る者は剣にて滅ぶ』と言います。暴力を為すものは暴力で滅ぶだろう。
この自殺事件の教諭は自分の保身に終始して証言しているが、同部の子どもたちの証言とは大きく異なる証言をしている。教育者である前に人間としての資質の問題だろう。
人間は資格や地位で仕事をしてはならないことを証明する最も悲しい事件だ。
結果最優先の偏重した部活運営は危険この上ない事態になり得ることの証明です。
教育者におけるモラル(道徳心、倫理観)の欠落は、偏った思想とスト、人間として愛のない命令だけの独裁的教育姿勢など考えられない由々しい問題まで発生してきます。
私はこれまで何度も知識偏重主義の弊害、資格偏重主義、地位への執着、これらがいかに人間の精神を歪めるかを話してきました。
人の上に立つ者の役割は自らが心のステージをアップすることであり、そのための学習をすることが急務であろう。
『まだ悪の報いが熟しないあいだは、悪人でも幸運に遭うことがある。
しかし悪の報いが熟したときには、悪人はわざわいに遭う。
まだ善い報いが熟しないあいだは、善人でもわざわいに遭うことがある。
しかし善の果報が熟したときには、善人は幸福(さいわい)に遭う。
「その報いは私には来ないだろう」とおもって、悪を軽んずるな。
水が一滴ずつ滴りおちるならば、水瓶でも満たされるのである。
愚かな者は、水を少しずつでも集めるように悪を積むならば、
やがてわざわいに満たされ身を滅ぼすであろう。
「その報いは私には来ないであろう」とおもって、善を軽んずるな。
水が一滴ずつ滴りおちるならば、水瓶でも満たされる。
心している人は、水を少しずつでも集めるように善を積むならば、
やがて福徳に満たされる』
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