座って観る

朝五時に起床。洗面を済ませて五時半から六時半まで、つかの間の瞑想三昧。
住まいが岩手山麓ですから春夏秋冬に朝な夕なに小鳥たちのさえずる声がいっぱい聞こえている。まさに小鳥合唱団によるモーニングコンサートの様は澄んだ空気に溶け込みクリーンなエネルギーとして魂を揺さぶる。
これほど穏やかな朝は私にとっては何物にも代えがたい貴重な時間帯。
自分も小鳥になり、落ちる木の葉になり、澄んだ空気になってしまう。
孤独は本来淋しさや悲しみを含んだ言葉と思うがこの瞬間の孤独はそうではない、私の心を静寂の世界に導き一切の出来事から離脱させてくれる瞬間でもある。執着から離れた瞬間といえるかもしれない。また心が満ち足りてくるこの状態は4次元エネルギーをもチャージ戴いていると実感する。
白隠禅師は、『寂滅現前するゆえに、当処即ち蓮華国、此の身即ち仏なり』と和讃の中でうたわれた。
心を静めると、今いる処がどこであろうと蓮華国(最高の境涯)最良の場所であり、最良の心境です。それを仏という。それが仏の心だ。と詠われています。宗派を超えた名僧の遺訓は何とも心を揺さぶり響いてきます。

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Posted by kansindo