自然界にも心があった

岩手山
きょうは再び自然界に目をむけてみたい。
地球を含めた大宇宙全体は、意識によって運動しているものであり、意識が働いているとすれば、心が存在しているといえるだろう。
なぜなら意識とは、心を包む機能であるからだ。
大宇宙は、唯一なる意識という心を中心にして、回転している。
すなわち、太陽をとりまく惑星群や衛星群、小天体群は、太陽の引力下にあって、集団がそれぞれの軌道を規則正しく飛んでいる。
しかし、極大の世界におけるその中心には太陽という恒星(こうせい)があり、それらは、太陽の力によって支配されているのだ。
また逆に極微の素粒子にしても核があって、その周囲に核外電子が回っている。
もし、それがバラバラに動いているのなら、原子という体すらなさないであろう。
このように物にはすべて中心がある。
私達の意識とて同じことだ。
大宇宙の意識とて中心があり、心という意思、意志を持って、私達の心をも支配している。
したがって、心がある以上、大宇宙の心は慈しみと愛の塊りであるといえる。
なぜ″慈悲と愛″かといえば、私達人間をはじめとした一切の生物に対して、生きる環境を与えているからである。
太陽という熱、光。地球という場。空気や水にしてもそうではないだろうか。
ふつう慈悲とは、なさけ、いつくしみ、思いやりということである。
人の苦労をみて、なんとか助けてやりたい、苦労をとり除いてやりたい、楽にしてやりたいという心である。
この心は自己を滅却した、自己を拡大した広い心、高い境地を意味する。
人間は、誰しも慈しみの心を持っており、この心があるからこそ、人間は人間としての資格と権能(悟り)が与えられているのだ。
慈しみの心は、善人にも悪人にも平等に、熟、光のエネルギーを供給するあの太陽のような行為を意味するからである。
では愛とは何か、愛も慈しみと同様に光エネルギーである。
慈しみを宇宙の心(宇宙即我)とすれば、愛は、調和を目的とした地上の光である。
愛の根本も心にあるが、その働きは、助け合い、補い合いは、無限の調和を求めるものであり、それは人類愛、社会愛、愛社心、自然愛など、どこまでも広がって行く許し合う寛容の心である。
愛、父性愛、母性愛、また愛校心、人間が生まれてきたときは、純白な心を持って、肉体に乗ってくる。
それは、人生航路への船出であり、すなわち出生、門出である。
人間は、誰でも、地獄界から生まれてくることはない。
皆、前世の人生においてなした不調和な想念と行為は、地獄界や天上界で修正して出てくるものだ。
しかし、何%かの不調和な業は消えることはなく、肉体を持ったときに出てくるものである。生後数か月の分別のない赤ちゃんでも個性があり、しっかり自己主張している姿をみれば理解できるであろう。
いずれにせよ、生まれてきたときには、丸い善なる心を持ってくるのだ。
生まれてきた環境、両親の教育、習慣、社会の思想などによって潜在している意識の自我が芽生え、やがて、その性格は善我(ぜんが)と偽我(ぎが)を造り出してゆくということである。
このように、人間は本来善なる心でこの地上に出てくるのだが、成長するに従って、心を暗い想念の曇りによって包み、罪を犯してしまうのだ。
しかし、私達には反省という慈悲の機会が与えられている。
誤りを犯しても、あの世では、表面意識が90%(この世の表面意識は10%)も出ているため、善悪の判断がすぐつくのである。
そのため、心に不調和があれば、すぐ肉体的に光の量が少なくなってしまうため、反省をして誤りの修正をしてしまう。
しかしこの三次元という地上に出てしまうと、表面意識は10%くらいしか出ないために、厳しい盲目的な人生航路のため、どうしても正しい判断を欠いて誤りを犯してしまう。
しかし、犯した不調和な想念と行為について、心から反省し、二度と同じ過ちを犯さないで、より光明に満ちた豊かな心を造り出すことによって、罪は許されるのである。
許すという愛の働きがなかったならば、私達人間は永遠に救われることはないだろう。
人々の罪を許し、人々をして生きる喜びにいたらせ、お互に手をとり合い、助け合って調和へと高めて行くことによって、地上の大調和という環境が築かれて行くのである。
慈悲を神仏の縦の光とすれば、愛は人の横の光といえるだろう。
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