ソウルSeoul(魂)Ⅱ


上の画像は心の光を描いたもので、安らぎのエネルギー波動が潜在しています。見つめていると動きが感じられますからお試しください。
先ず宇宙の法則と天という言葉について簡単に述べておきます。
本文の中には宇宙の法則という言葉とという言葉が何度も出てきます。
ここでいう宇宙の法則とは物質世界(3次元)と非物質世界(4次元)の深い相互関係の秩序正しい営みをいうものです。したがって自然現象だけではなく、その奥にある根源的意志の発動を見逃してはなりません。
天とはただ単に空のことではなく、最も調和された摂理の上に存在するユートピアのことであり、その素晴らしさは地上の美しさの比ではない例えようのない神々しい4次元以上の実在世界のことをいいます。そして実在世界の中心にある意識を示す言葉としてのです。
さて本題に入りましょう。
いったいあなたとは何なのでしょう。ご存知ですか?。自分だと思っておられるのは、その身体を通して表現されている一面だけです。
それは奥に控える、より大きな自分に比べれば、ほんの毛先ほどのものでしかありません。ですから、どれが自分でどれが自分でないかを知りたければ、まずその総体としての自分を発見することから始めることです。
これまであなたはその身体に包まれた“小さな自分”以上のものを少しでも発見された経験がおありですか。
今あなたが意識しておられるその自我意識(小さな自分)が本来のあなた全体の意識であると思われますか。お分かりにならないでしょう。
となると、どれが普段の自分自身の考えであり、自分自身の想像の産物なのか、そしてどのようなものが大きな自分つまり高次元の世界からのインスピレーション(霊感)であり導きなのか、どうやって判断すればよいのでしょう。
そのためには正しい物事の観方を身につける必要があります。
つまり、あなたは本来が霊的存在であり、それが肉体という器官を通して自己を表現しているのだということをしっかりと認識することからはじめなければなりません。
霊的部分が本来のあなたなのです。船に例えると船体が肉体でありその諸器官です。
そして船長が霊(心)です。霊が先であり、身体が後です。霊が上であり身体は下です。霊が主人であり身体は使いなのです。霊が主であり身体はその従なのです。
霊(魂)はあなた全体の中の神性を帯びた部分を言うのです。
それはこの全大宇宙を創造し計画し運用してきた大いなる意識と本質的には全く同じ霊なのです。
つまりあなたの奥にはいわゆる“宇宙意識”の属性である莫大(ばくだい)なエネルギーが、未成熟のまま、あるいはミニチュアの形、つまり小宇宙の形で秘めているのです。
その秘められた神性を開発し、それを生活の糧とすれば、心配も不安も悩みも立ちどころに解消されていきます。なぜなら、この世に自分の力で克服できないものは何一つ起きないことを悟るからです。
その悟りを得ることこそあなたの努めなのです。それは容易なことではありません。
身体はあなたが住むであると考えればいいでしょう。肉体は“家”であって“あなた自身ではない”ということです。家である肉体は80年前後で朽ち果てて離れるときがきます。
しかし、あなた自身(魂)は未来永劫の生命体として輪廻しつづけます。
家である以上は住み心地よくしなければなりません。手入れが要るわけです。
しかし、あくまで“住居”であり住人ではないことを忘れてはなりません。
船と船長の関係と同じようなものです。
この宇宙をこしらえた力が生命活動を司(つかさど)っているのです。
生命の本質は物質(肉体)ではなく霊(魂)なのです。
そして霊は即ち生命なのです。
生命のあるところには必ず霊があり、霊のあるところには必ず生命があります。
これが宇宙の摂理であり、人間の摂理です。
あなた自身も生命そのものであり、それ故に宇宙の大意識との繋(つな)がりがあります。
それ故にあなたもこの無限の創造進化の過程に意識を傾けて同調することができるのです。
その生命力は必要とあればいつでもあなたの生命の井戸からくみ上げることができます。
その身体に宿る霊(魂)に秘められた莫大なエネルギーは、あなたの生命活動の動力であり活力であり、あなたの存在を根本において支えている尽きることのない4次元の源泉です。
あなたにはそれぞれに“この世界で果たすべき仕事”があります。それを果たすためには、こうした知識を吸収し、それを活力としていくことが必要です。
霊(魂)に宿された資質を自らの手で発揮することです。そうすることは暗闇で苦悩する人々に光を与える小さな灯台ともなり、あなたのこの世での存在目的を果たしたことになります。
宇宙には“摂理(せつり)”というものがあります。
私たちの心身は、それにきちんと合わさるように出来上がっているのですが、それに合わすか否(いな)かは本人の意志による選択の自由が与えられています。
『師は弟子に合わせて法を説く』という言葉があります。霊的に受け入れられる準備ができていればおのずと真理の扉が開かれるのです。
私から無理に求めなくても一つ一つ、ゆっくりと行動に移すことによって豁然(かつぜん)と視野が開き、そこから本当の仕事が始まります。
と言っても私はあなたの生活から問題も悩みも苦しみもなくなるというお約束はできません。お約束できるのは全ての障害を乗り越え、不可能と思われることを可能にする手段をあなた自身の中に見出すようになるということです。
内部に宿る資質の中の最高のもの、最奥のもの、最大のものを発揮しようと努力する時、4次元世界(霊界)に住する者の中であなたに愛着を感じ、あなたを援助することによって多くの人々の力になりたいと望む個人の霊を呼び寄せることになります。
俗にいう指導霊のことと理解していいでしょう。
悲しいかな、あまりに多くの人々が暗黒の霧に取り巻かれ、人生の重荷に打ちひしがれ、悩める身と心と魂をひきずりながら、どこへ救いを求めるべきかも分からずに迷い続けております。
常日頃行っているカウンセリングや月に一度の『心の教室』も私はこうした人々に手を差し延べたい思いだけで行動をしています。
もしも誰かが霊性の開発が容易であるとか、超能力の開発で富を得るとか、苦難の中にささやかなりとも光明をもたらしたいと願う人々の仕事や生活が楽に達成されるかのような口を利く事があれば、そのこと自体がすでに魔の誘いを証言していることになりましょう。決してそんな容易なものではありません。
歴史を見てもその反対を証明することばかりです。甘い話には必ず代償と落とし穴がまっています。真理と邪道とがいつ果てるともない闘いを続けております。
多分、この闘いは続くことでしょう。しかし、それでも私たちは長く困難ではあっても自分の魂に確固たる楽園が築かれるまで一歩ずつ歩を進めていかなければなりません。
これより先どれほどの偏見と反感と敵意と誤解と迷信と故意の敵対行為に遭遇(そうぐう)しなければならないかはあなたに想像もつかないでしょう。
怖(お)じけづかせようと思って言っているのではありません。事を成就するためにはそのあるがままの背景を理解しておく必要があるからです。私にはその大変さがよく分かるのです。
これまでも私は可能なかぎりの力を駆使して、克服不可能と思われた障害を克服して、人々の心に接してまいりました。しかし、それも私一人の力ではありません。
私は背後で守護してくださる霊や指導してくださる霊人たちの協力に支えられて苦難を乗り越えられたのです。このことはあなたにも言えることなのです。
人類自らが人類を、そして地球そのものを破滅に陥れかねない近代文明と不調和な心は、何をさておいてもバランスのとれたものに変えていかねばなりません。
人類は物質文明を自負しますが、霊的にはきわめてお粗末です。願わくばその物質文明の進歩に見合っただけの霊性が発達することを祈ります。
つまりこれまで“物”に向けられてきた人間的努力の進歩に匹敵するだけの進歩が精神と霊性の分野にも向けられればと思います。核開発を競う世界の現状は決して平和利用だけではありません。
文明の進歩に霊性が伴わない今の状態では、使用する資格のないエネルギーによって自ら爆破してしまう危険があり、既に原子力がそれを証明しています。
嫉妬心、口論、諍(いさか)い、殺人、戦争、混乱、羨望(せんぼう)、貪慾(どんよく)、恨み、こうしたものを地上より一掃することは可能です。そして、それに代わって思いやりの心、親切、優しさ、友愛、協力の精神によって生活の全てを律することができるのです。
それにはその根幹として、霊性において人類は一つであるとの認識が必要です。決して救いようのないほど暗い面ばかりを想像してはいけない。
明るい面もあります。なぜならそうした障害と困難の中にあっての進歩は、たった一歩であっても偉大な価値があるからです。
たった一人でいいのです。全てが陰気で暗く侘(わび)しく感じられているこの地上において、誰かを元気づけてあげることができれば、それだけであなたの人生は価値があったことになります。
そして一人を二人に、二人を三人としていくことができるのです。
霊(心)の宝は楽々と手に入るものではありません。もしそうであったら価値は非常に薄っぺらものになります。
何の努力もせずに勝利を得たとしたら、その勝利は本当の勝利と言えるでしょうか。
何の苦労もせずに頂上を征服したとしたら、それが征服と言えるでしょうか。
霊性進化というものは先へ進めば進むほど孤独で寂しいものとなっていくものです。
なぜなら、それは前人未踏(みとう)の地を行きながら後の者のために道標(みちしるべ)を残していくことだからです。そこに霊性進化の真髄(しんずい)があります。
何事もある程度まで道を究めようとするときに、孤独は避けられない影のようなものです。
地上の人間が何かを成就しようとして努力する時、少なくても自分と同等の、あるいは多くの場合それ以上の霊格者の援助の努力が霊界において為(な)されていることを此処に述べておきます。
援助を求める真摯(しんし)な熱意がなおざりにされることは決してありません。
忠信からの実践は、霊的つながりが出来ると同時に、援助を受け入れる扉を開いたことになります。その時に発生する背後での霊的事情の実際はとても言語では説明できるものではありません。
元来地上の出来ごとを表現するように出来ている言語では、次元の違う4次元以上の世界を表現しようとすることに無理があるのです。不可能です。どう駆使してみたところで、高度な霊的実在を表現するにはお粗末なシンボル程度のことしか果たせないでしょう。
いずれにせよ、その霊的実在を信じた時、あなたに霊的な備えが出来たことになります。
すなわち一種の悟りを得るのです。
大勢の人が真の実在であり全ての根源であるところの4次元世界の存在と自己の霊性に全く気づかぬまま生きております。
誰もが今現在こうして生きているのは霊的存在だからこそであること、それが肉体を道具として生きているのだということが理解できないのです。
人間には霊がある、あるいは魂がある、心があると信じている人でも、実在は肉体であって霊はその付属物であるかのように理解している人がいます。
本当は霊が主体であり肉体が徒属物なのです。つまり真のあなたは霊(魂)なのです。生命そのものであり、神性を有し、永遠なる存在なのです。
肉体は霊がその機能を行使できるように出来あがっております。その形体としての存在はほんの一時的なもので、せいぜい80年前後でしょう。用事が済めば崩壊してしまいます。
が、その誕生の時に宿った霊、これが大事なのです。この辺の理解ができた時こそあなたの内部の神性が目を覚ましたことになります。
肉体的束縛を突き破ったのです。魂の芽が出はじめたのです。
あとはあなたの手入れ次第で美しさと豊かさを増していくことになります。
そうなった時こそ地上生活本来の目的である霊と肉との調和的生活が始まるのです。
霊性を一切行使することなく生活している人間はあたかも目、耳、あるいは口の不自由な人のように、霊的に障害のある人と言えます。肉体に障害が出ても心(魂)まで障害にしてはなりません。
霊性に気づいた人は真に目覚めた人です。神性が目を覚ましたのです。
それは、その人が人生から皮相的なものではなく霊という実在と結びついた豊かさを摂取できる発達段階に到達したことの指標でもあります。
霊の宝は地上のいかなる宝よりも遥かに偉大であり、遥かに美しく、遥かに光沢があります。
物的なものが全て色褪(いろあ)せ、錆(さび)つき、朽ち果てたあとも、いつまでも存在し続けます。
魂が目を覚ますと、その奥に秘められたその驚異的な威力を確認するようになります。
それはこの宇宙で最も強力なエネルギーの一つなのです。
その時から霊界の援助と指導とインスピレーションと知恵を授かる通路が開けます。
これは単に地上で血縁関係にあった霊の接近を可能にさせるだけでなく、血縁関係はまるで無くても、それ以上に重要な霊的関係によって結ばれた霊との関係を緊密にします。
その存在を認識しただけ一層深くあなたの生活に関わり合い、援助の手を差し伸べます。
この霊的自覚が確立された時、あなたはこの世的手段をもってしては与えることも奪うことも出来ないもの磐石不動(ばんじゃくふどう)の自信と冷静さとを所有することになります。
そうなった時のあなたは、この世に何一つ真にあなたを悩ませるものはないのだ、自分は宇宙の全生命を創造した力と一体なのだ、という絶対的確信を抱くようになります。
人間の大半が何の益にもならぬものを求め、必要以上の財産を得ようと躍起(やっき)になり、永遠不滅の実在、人類最大の財産を犠牲にしております。
どうか、何処(どこ)でもよろしい、種を蒔ける場所に一粒でも蒔いて下さい。冷やかな拒絶に会っても相手になさらぬことです。
議論をしては決していけません。
伝道ぶった態度に出てもいけません。
無理して植えても不毛の土地には決して根づきません。
根づくところには時が来れば必ず根づきます。
あなたを小ばかにして心ない言葉を浴びせた人たちも、やがてその必要性を痛感すれば向こうからあなたを訪ねて来るでしょう。
私たちを互いに結びつける絆は絶対唯一の天の絆(きづな)です。
天なる宇宙は愛をもって全てを抱擁(ほうよう)しています。
これまで啓示された宇宙の摂理に忠実に従って生きておれば、その天との愛の絆を断ち切るような出来ごとは宇宙のいずこにも決して起きません。
宇宙の大霊である意識は決して私たちを見捨てません。
従って私たちも宇宙を見捨てるようなことがあってはならないでしょう。
宇宙間の全ての生命現象は定められたコースを忠実に辿(たど)っております。
地球は地軸(ちじく)を中心に自転し、潮は定められた間隔で満ち引きし、恒星(こうせい)も惑星も定められた軌道の上を運行し、春夏秋冬も巡りを繰り返しています。
種子は芽を出し、花を咲かせ、枯死(こし)し、そして再び新しい芽を出すことを繰り返しています。
色とりどりの小鳥が楽しくさえずり、木々は風にたおやかに靡(なび)き、かくして全生命が法則に従って生命活動を営んでおります。
私たちはどうあがいたところで、その宇宙の懐(ふところ)の外にでることはできないのです。
私たちもその一部を構成しているからです。
どこに居ようと私たちは天なる宇宙の無限の愛に包まれ、その御手に抱かれ、常に宇宙の力の中に置かれていることを忘れぬようにしたいものです。

未分類

Posted by kansindo