忘れないでください・3・11東日本大震災

遺族の祈り
朝日新聞から」東日本大震災から今日、3月11日で3年になるが、約26万7千人が今なお、避難生活を強いられている。
仮設住宅には約10万4千世帯が暮らし、岩手、宮城、福島の3県のプレハブ仮設住宅の入居率は約84%に上る。
同時期の入居率が50%台だった阪神大震災(1995年(平成7年)1月17日(火))と比べて、暮らしの再建の遅れが目立つ。
 
 震災で約800人が犠牲となり、約40人の行方がわからない宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。小高い丘の日和山に建てられた慰霊碑には、犠牲者を悼む人たちの姿が絶えない。
 警察庁によると、震災による死者は1万5884人、行方不明者は2633人(10日現在)。10日も宮城県女川町の女川湾や福島県の沿岸部で海上保安部や警察が捜索した。
震災後の避難生活による体調悪化や自殺などによる「震災関連死」は3県で2973人
原発事故による避難が続く福島県では、地震や津波による直接の死者数を上回った。
住まいの復興は道半ばだ。復興庁によると、今月末までに3県で2347戸の災害公営住宅が完成する予定だが、計画戸数の9%にすぎない。
自力再建者が家を建てる移転先などに造成する宅地は計画の6%、1388戸分にとどまる。
地域再生の要となる学校でも、多くの子どもらが仮設校舎や他校の「間借り」で過ごしている。
また、被災自治体は人口流出や事業所の減少、まちづくり、被災者の心のケアなど、様々な課題に直面している。(ここまで引用)
病むのは体だけではない。
人間は体の不調も辛いものですが、心が病むことの方がはるかに辛いものです。
被災者のなかにはいまだに不安感が消えることなく増していて「心の病」の人が増えて来ているといいます。
ある漁師は「復活のために必至にやってきましたし、今も原発事故風評との闘いの中にいます。僕自身、先月に、フラッシュバック、不眠がひどくなり、現在入院して治療をしています。なかなか、回復しません。このような「心の病」を抱えてる人は、被災地にまだまだ沢山います。でも、我慢して、病院に行けないでいる人の数が圧倒的に多いのです。」という。
失った家の跡地に茫然と立ち尽くす人、幼い子どもを失って泣き崩れる人、夫が津波に飲まれて自分だけが生き残ったことに罪悪感をもって苦しむ妻の姿、職場を失い働くことができず路頭に迷う男性、夜中に発狂して大声をあげて泣き出すお婆さんの姿、こういった人たちにとって震災は今も続いている。
「自分も津波に呑まれたほうがよかった」
震災後半年過ぎた頃には、瓦礫(がれき)と呼ばれる廃棄せざるを得なくなった様々な漂流物の多くは片付けられ、家の基礎以外は何も残ってはいない。
その一角で、そこに住居があったというある初老のご夫婦の話し。
「毎日ここに来ては海を恨めしく眺めているんです」と。
「息子たちは数年前に独立し、これからの人生を夫婦で静かに過ごすつもりだった。それを津波がすべて奪い去った。本当は小さくてもまたここに家を建てたいと思う一方、やっぱり行政が勧める高台への移転の方がいいのかどうか。」
この老夫婦、現在は仮設住宅に入居されているが、狭いし、暑いし、暮らし難さで息が詰まるので、結局毎日ここに来ているという。
「いずれにしても、もう家なんか建てられない。お金がありません。こんなことなら、自分も津波に呑まれた方がよかった。生きているのが、苦しくて、辛くて…」
「希望」や「生きがい」などの言葉が被災地内外で飛び交っているが、掛け声だけではもはや手遅れになる。
もっと個人個人に対しての具体的な行政の救済策が実行されない限り被災者の苦悩は続くのであろう。
被災者に対して直接手を貸すことができない立場にあっても、我がこととして忘れてはならない歴史的なできごとではなかろうか。
被災された方々には心からお見舞いの心を捧げ、そして尊い命を断たれた御霊のご冥福を心からお祈り申し上げます。合掌m(__)m
次回は3月17日の投稿を予定しております。

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