実現する心象エネルギー

水蒸気スピリチュアルな世界に興味をもったり、そういった部分で自分を高めていこうとする人たちのなかにはさまざまなきっかけがあるようです。
小さいころから不思議な力に気づく子どももいれば、私のように「この世には神も仏もあるものか」と呪うような気持ちで子ども時代を過ごした人間は少ないのではないだろうか。
30代になってから、夢に見たことが現実の事になるということに気づいてはいたが、当時は単なる夢として流していたのです。
ある日、夢が現実のことになるなら、眠る前にイメージを現実のように思い描き、それがはっきりと事実であるかのように視覚化できたらどうなるだろうかと考えたのです。
このような事は誰に教わったわけではなく、まったくの思いつきでしかありませんでした。
こうしてイメージの視覚化を何度か試みて数日したとき、あるいは数週間して現実となった時、内容によっては数カ月、あるいは数年経ってからであってもやはり現実のことになるのです。
月日の流れとともにイメージの視覚化の件はすっかり忘れているのですが、現実のことになった時にハッと気づき、再び思い出すのです。
「まさか!???」という疑問が先になって、にわかに信じられません。
何だろうこれは。何故だろう。どうしてこうなるの?
マインドコントロール、現象化する心象の理論、その背景にあるもの、人間の念、想像力、創造力、想念のあり方、こういったことについて参考文献を手にしながら現実の生活に照らし合わせてみました。
そうして一つ一つの経験が実証されることで確信がもてるようになっていったのです。
本を読んで知識として得ても、それは活用しなかったり、実践しなければ何の確証を得ることにもつながってきません。
確信をもつには、数多くの知識より、たった一つの真実が目の前にあれば足ります。
特に私の場合は知識で理解するのではなく、経験しないと納得ができないようで、この手法を実践してはじめて、その効果に驚き確信得ることができたのでした。
自分の描いたとおりのことが敏速に、しかも思いがけないかたちで現われることがよくあったからです。
私はその可能性に人間のもつ無限の想念エネルギーの存在を認めざるをえませんでした。
そのエネルギーとは、人間の魂に潜在された創造力といってもよいでしょう。
人間は誰でも自分のリアリティー(現実感、真実性、迫真性)を創り出すことができるものです。
ただ、そのリアリティーを創りだす事において、一点だけ心しなければならないことは、単なる自己満足、自己都合、不調和な欲望からの想念によって視覚化してはならないということです。
たとえそれが現実になったとしても、必ずあとから反作用の働きによって自身の身を滅ぼすことになりかねないからです。
自分の為には足ることを知って、他の人々の為に願う想念は愛念であればこそ、広く宇宙に働き現象化することになります。
もっと深くいいますと、このような尊い、愛と慈しみの想念は、活かす想念エネルギーとなって他を活かし、やがては自身を活かすエネルギーとしてわが身に返ってくるのです。
同時にこのような愛念、慈しみというエネルギーは、守護霊、指導霊たちの共鳴を得ることになり、もっとも力を出しやすい条件であるということです。
例えば、昨年の5月、緑豊かな季節のことですが、いつものように休日を利用して山に入り座禅をして瞑想三昧になったときのことです。
「会社」という言葉が入ってきました。
しかし、わかりません。何を言いたいのか内容が理解できませんから考えます。
一時間くらいも瞑想三昧になった頃でしょうか。
気が付けば私が経営する整体院のことに想いを巡らせてあれこれと考えていたのでした。
そしてハッと「これだ!」と確信しました。
これまで24年間、私一人のスタートから始まり、年々スタッフに恵まれてここまで来れたのですが、個人事業経営ではスタッフの福利厚生に関して殆んど手薄の状態できたのです。
今のままではこれからの若い人たちの将来のために良くないし、体制が不十分であることを感じて法人化をしなければと強く願ったのです。
社会保険、厚生年金、雇用保険、労災保険、その他を完備するためにも法人化して内容の充実を図り、安心して働ける職場にすることも社会貢献につながるということに心が落ち着いたのでした。
以来ちょうど一年、先月2日をもって法人成りが整ったところです。
私自身の利益を優先するのではなく、働く社員のみんなが希望を持って励めるような環境整備をすることが急務だという決断からはじまった結果です。
正しいことを、みんなの利益を考え、強く願い、視覚化することで現実のこととなった事例を紹介しました。
よくよく検討し、必要な事であれば内心の自己に身をゆだねて、とにかく自ら先に進み、創造的エネルギーに従うことが自己実現へのキーワードです。
宇宙の意識、背後で協力する守護霊や指導霊たちの計らいが私を媒体として利用できるように精神の調和を図っておかなければならいことを深く実感するのでした。
調和とは、恐れ、不安、猜疑心、見栄、驕り、慢心、傲慢、嫉妬、恨み、憎しみ、などという執着を解放することと日々の小さな感動を大切にすることでもあります。
創造力はこういったことの解放ができるほど光りエネルギーとして働き実を結ぶのである。
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