うつ病へのアプローチ
眠れない、食欲がない、体が痩せていく(胃腸の消化吸収が正常に機能していない)、一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめない、体が動かない、気力が湧いてこない、集中力がない、思考が働かない、感動がない、涙が出ない、光が目にきつい、音がうるさく感じる。
人と会うのが苦痛だ、他とのコミュニケーションが苦痛、うまくいかない、外出がつらい、不安感が消えない、恐怖心がある、イライラして落ち着かない、こういったことが続いている場合、医学一般的な見地ではうつ病の可能性があるとされています。
これは現代医学もそうですが、厚生労働省もそのようにいっています。
私が注視したいのは、うつ病に関する原因としての現代医学の捉え方が以下のように述べられている点です。
「精神的ストレスや身体的ストレスが重なることなど、様々な理由から脳の機能障害が起きている状態です」とし、
「脳がうまく働いてくれないので、ものの見方が否定的になり、自分がダメな人間だと感じてしまいます」と。
「そのため普段なら乗り越えられるストレスも、よりつらく感じられるという、悪循環が起きてきます。」
薬による治療とあわせて、認知行動療法も、うつ病に効果のあることがことがわかってきています。」
「早めに治療を始めるほど、回復も早いといわれていますので、無理せず早めに専門機関に相談すること、そしてゆっくり休養をとることが大切です」
と以上のように厚生労働省では言っています。
上記の厚労省の説明について、ブログを訪問してくださったあなた(うつ病経験の有る方、無い方、知識として知っている方)はどう感じたでしょうか。
「なるほどもっともだ」と理解されたでしょうか。
実は、私はこの上記の厚生労働省のうつ病に関する医学的な見方には少し疑問をもっています。
その理由ですが、「精神的ストレスや身体的ストレスが重なって脳の機能障害が起きている状態」という解釈でいいのかということです。
脳の機能障害ということは、肉体的な問題だということにならないでしょうか。
そうだとすれば、脳にアプローチして脳を改善できれば、うつ病は改善できて無くなることになります。
セロトニンというホルモンに対する医学的な考え方がそれです。
しかし、投薬治療によってセロトニンの問題を改善しようとして心療内科や精神科では向精神薬を処方するのですが、現実には一向に改善されるどころか、医療機関を訪れる患者は増え続ける一方です。
そしてうつ病から発症するパニック障害、対人恐怖症というケースもあり、なかには投薬治療を受けていながらも病状が進行したために自宅療養さえも困難となり、入院を余儀なくされる方もいます。
脳の問題だとする考え方、受け止め方をしているから投薬治療ということになるのでしょうが、現実は投薬治療で脳の改善ができるはずもなく、薬による治療はうつ病を根本から改善する手段にはなり得ないということを、医療現場の人間なら十分に実感されているはずです。
先の厚生労働省の既述のように、精神的なストレスや身体的なストレスが過度になれば気分も高揚しなくなるのは、人間ならば誰にでもあり得ることでしょうし、誰でも多少なりとも経験されているかと思います。
しかし、ストレスが脳の機能障害に及ぶという理論を以って「うつ病」とする考えは、肉体を中心視する偏った医療ではないかと思われてなりません。
何故なら、うつ病についていえば「心の傾向性」という内面的、且つ、本質的なことへのアプローチがほとんど為されず、投薬治療に依存した医療体制になっている現実を知るからです。
それでも近年は認知行動療法(自分以外の外への認識と対応の仕方、行動の仕方を変えるトレーニング、感情や気分をコントロールしようという訓練法)という取り組みをするようにはなって、その効果を期待する状況に変化をしてきてはいます。
がしかし、これもまた自己の内面にアプローチするというよりは、他とのやり取りの方法を訓練するということであって、内面を修正するということには到らず、まだまだ成熟した治療法だとは思えません。
このような認知行動療法ですから、心の実態や本質を重要視した取り組みだとはいえないような気がします。
更に、認知行動療法というプログラムを適用する人たちは、うつ病だけではなく、強迫性障害、パニック障害、社交不安障害、過食症、不眠症などにも応用されますが、これもまたただ単に教科書を学ぶような観が否めず、専門用語が多すぎてそれだけで疲労するという側面もあるようで、「あとは自分で実践しなさい」みたいな丸投げのような体制もクライアントさんから聞かされました。
解らないことがあって指導者に質問をすると、イラついた顔をしたり、「そうじゃなくてっ!」と怒ってキレたような対応をされたとまで話すクライアントさんもいます。
このような事実から、どのような素晴らしい認知行動療法ではあっても、最終的に好結果に導くということは、それを指導する側の環境、つまり人間性、資質の問題になるのではないかと思うのです。
さて、私がこれまでおこなってきたうつ病の患者さん、及び、精神的疾患者(病院に行っていない人も含めて)へのカウンセリングによって毎回みえてくるのがクライアントさんの偏った心の傾向性です。
物事に対する拘りが強く、それを引きずる。
不安感がいつもあり、何事に対しても不安感をもつ。
行動することへの恐怖心がある。
過去の出来事に思いをはせて引きずっている。
これから先のことに不安や恐怖心をもっている。
他人の意識(自分がどう思われているか)を必要以上に気にする。
よく思われたい。
悪く思われたくない。
妄想(病的な誤った判断ないし観念、 事実と異なることを、事実であるが如く思う )
自己否定をする。
他人に対して猜疑心がある。
体型にこだわる。ゆがんだ美意識(拒食につながる)
何事に対しても思考に偏りがある。
思考がネガティブに偏りがち。
こういった心の癖(傾向性)です。
患者さんがいつも最後に突きあたるのが、向精神薬等の投薬治療を最小限に減薬するか、もしくは断薬を目標にしてうつ病から解放されるために取り組むかです。
その方法論はあります。
それは唯一、自分の精神的(心)な傾向性を知って改善を図るということが必要欠かざる条件であろうと思います。
先ずは、うつ病の本質を正しく理解すること。
うつ病を発症することによっていろいろな身体症状を現わす場合もありますが、実際は身体症状から鬱状態になっていくケースより、鬱状態から身体症状に至るというパターンのほうが多いものです。
私は、心のバランスを崩した結果において発症するのがうつ病だと理解していますが、その根本的な原因は先にも述べたように「自分自身の心のあり方」にそういう状態になるような原因があると考えております。
ですから、うつ病を改善して心身共に健康体になろうと思うならば、何をおいても自分自身の心の傾向性を知ることから始めなくてはならないでしょう。
同時に、この世で何が一番難しいかというと、自分が変わること。
しかし、病むことの原因を他に転嫁するのではなく、自分が変わらなくてはなりません。これができなくてはうつ病からの完全な脱出はないからです。
「心の傾向性・癖」
ここで科学的に慣性の法則ということについて説明をしてみます。
物体がその運動を続けようとする性質を科学では慣性と表現しています。
この性質は質量(性質と重さ)が大きいほど慣性も大きくなります。
ということは例えば、ボールをころがしたとして、同じ大きさでも中が空洞のボールと鉄でできたボールでは性質と重さが違うために同じ力を加えた場合でも転がる距離が違ってきます。
当然、質量の大きいほうが勢いがついていますから転がる距離が長くなります。
もう一つの事例を述べてみます。普通乗用車が時速50キロの速度で走行してブレーキをかけたら停止するまで通常なら約10メートル程度の距離が必要になります。
同じことを10トンダンプで行えば通常なら約14メートル程度の距離が必要になるでしょう。
この違いは何かというと先ず、車の大きさと重量が異なるため制動距離が長く必要だということで、すなわち質と量の違いが制動距離の違いとなってくるということです。
カーブを車で通過するときに乗っている人と車はカーブの外側にもっていかれますが、これは速度とカーブがきついほど遠心力が強く働くことになりますが、車と人はカーブの外側の直線方向に移動する働きが発生しています。
この運動も慣性の法則によるものです。
私たちはこの物理的法則の影響のなかで暮らしていますが、しかし、この法則は物理的運動だけではなく、私たち人間の心の精神作用にも常に密接に働いています。
今までの生き方を変えられないことや、よくないことだとわかっていても、その癖をなかなか変えられないということは、心にも癖がある証拠であって、慣性の法則による傾向性というものが心の中にあるからにほかなりません。
業(カルマ)という言葉に置き換えることもできます。つまり、自己中心的な人間の場合、非常に自我心が強く、その自我に自分が翻弄されているということになります。
慣性の法則というものを心の傾向性(癖)という言葉に置き換えて、質量を心の癖、自我、エゴとみることができます。
先に述べたように、物事に対する強い拘り、不安感、恐怖心、過去への拘り、未来への拘りと不安感、他人の意識(自分がどう思われているか)を必要以上に気にする。
よく思われたい、悪く思われたくない、妄想(病的な誤った判断ないし観念、 事実と異なることを、事実であるが如く思う )、自己否定、他人に対して猜疑心がある。
体型にこだわる、ゆがんだ美意識(拒食につながる)、何事に対しても思考に偏りがある、思考がネガティブに偏りがち等々。
こういった心、想いは非常に重く自分の精神を毒していきます。
拘りが少なく、偏った思考が少なければ少ないほど、心は軽く晴れて輝いていますが、何かに囚われた心があると曇って輝きがありませんし、表情も暗くなってきます。
このことは内面的な心の問題です。
心の傾向性(癖)とは、その人の個性が良くも悪くもひとつの特徴として現れてくることをいいます。
あとは日々の生活を執着や拘りのなかで引きずって悶々と暮らすのか、反対に偏りの無いバランスのとれた心で楽しく明るい生活をしていくのかです。
心掛け次第で心の成長に大きな差が生じ、結果はまったく異なった人生になってきます。
自分の心の癖を変えるには「すなおになる」ことが何よりも大切ですし、これなくしては内なる自分が変わることができないし、輝くこともできません。
なぜこのような事をいうのかといいますと、精神を病む人の場合、総じて自我心が勝っていてせっかくの学びが心に入っていかない人もいるからです。
人生を長く生きたら心の拘りや自我心がなくなって精神バランスがとれるのかとなると決してそうとは言い切れないでしょう。
逆に年を重ねるごとに頑固に意固地になっていく場合もあります。
人間の心の癖は本当に厄介なものですが、病から学ぶことは、自分を省みるというチャンスを頂いたという気付きだと思います。
自分を省みることなく惰性(だせい)のまま生きたら慣性の法則は自分の精神バランスを崩したままにあの世に延長して持ち越すことになりますから要注意です。
うつ病人口
最近の報告では、うつ病の有病率は1~5%、すなわち100人のうち1~5人はうつ病の人がいることになります。
生涯有病率といって 一生涯生きていくと何%の人がうつ病になるかという統計報告では 13~17%といわれています。
すなわち、かなりの方が一生涯のうちでうつ的な状態になるということです。
勿論、軽症うつ病が多いわけですが、医療機関を訪れていない人たちの予備軍人口を考えますと大変な数になるでしょう。
うつ病は特別な病気ではなく、ポピュラーな心の病気であり、 やはり常にその可能性を考えておく必要があります。
参考までに、うつ病と診断されて投薬治療を受けている人たちの人口を表で紹介しておきます。
下の図が発症年度で年々増えています。
ピンクが女性。ブルーが男性。女性の発症率が圧倒的に多いです。
下の図が年代別で30代~40代が発症率が高いことがわかります。
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