福島の農に生きる

昨年被災された藤田浩志さんの覚悟の潔さに感動して掲載させていただきました。人それぞれの考え方があるでしょうがお読みください。

うつく島復興大使 一般の部 最優秀賞(藤田浩志さん)原文のまま。

「人殺し」。この世に生を受けて三十年余り、まさかこのような言葉を浴びせられるとは思いもよらなかった。

私は農家の八代目。直接言われたわけではないが、福島県の農家をこう呼ぶ人がいる。
悪夢のような地震と津波、そして原発事故。農業が続けられるか以前に、故郷に住めるかどうかも分からなかった、あの混乱を極めた一週間。
何とか農業ができそうだと見通しがつき、やらずに後悔するよりやってみようと思い立った決意が一転、ネットで見た冒頭の言葉(人殺し)。
精神的に追い詰められた一カ月。でも、「人」はやさしくもあった。
『君の作ったお米と野菜はおいしいから、これからも食べるよ。協力できることは何でもするから。』
うれしくて、うれしくて。
そしてある人の言葉。『人間七十億人もいればいろんな考え方があるさ。』
わかったことがある。福島県に放射性物質が降り注いだ事実はもう変えられない。
でも、そこから何を見いだし何を生み出すか、可能性は無限にあるんだ。
誰かが、福島県の農産物は危険で食べられないというのなら、私は、福島県が世界一安全性の確認された農作物の産地になることを目指そう。
誰かが、こんな所に子どもは住まわせられないというなら、私は、自分の子どもが福島に生まれて良かったと思えるような家庭を作ろう。
誰かが、怒り・哀しみ・絶望の目で「フクシマ」を見るのなら、私は、感謝・喜び・希望の目で「福島」を見よう。
福島県の農業を復興させるのは誰? 国? 自治体? 否、否。うちら福島県の農家でしょう。
「フクシマ」を悲劇の地として後世に語り継ぎましょうなんて、冗談じゃない。そんなのまっぴらごめん。
あんなに大変だった「フクシマ」が、こんなに素晴らしい「福島」になるなんて!そんな風に言ってもらえる、人生をかけるにふさわしいプロジェクトに携われるチャンスがあるのだ。
福島を捨てて新天地を求める? そんなのもったいなくてできない。
私は福島の農に生きる。
以上です。
極限状態の逆境と困難のなかで人間として誇りと生き方を忘れず自ら実践しているこの方の生きざまに脱帽です。なかなかできることじゃない。
私は、藤田浩志さんのこの文章にこみ上げる嬉しさを抑えられなかった。