別居夫婦の苦悩
葉を落とし、すっかり冬支度を済ませた木々の枝には雨が凍りつき、ビーズでも飾り付けたように朝日に輝いている。もう少しすると何もない白銀の林野もまた心静まり、好きな景色である。
地上では一番知恵あるはずの人間の心だけが年中冬籠りして、春になっても外に出ようとせず闇のなかにさ迷うが如きの愚かさは、自然に沿わない生き方であるばかりではなく、自我という拘りを捨てることができない苦悩となるだろう。
人間どれほどに自分が正しくても、夫婦として心穏やかに暮らしたいならば相手を裁いてはならない。裁かれた夫なり妻なり、互いに心が離れるだけである。
Aさんは、自営業をしているご主人54歳が家を出て他の女性とアパートを借りて別居していることに嫉妬と不満と憤りを感じて悶々とした生活をしていた。
私には相談者のご主人がどのような方なのかもわからないが、話しを詳細に聞く前に相談者に話した。
『ご主人の心の中には常に不満があるようだけど、これはどうしてでしょうね。』
『俺の居場所がない。』と時々いいます。
『あなたと、息子さんと、ご主人のご両親のみんながご主人を裁いていませんか?』
『あなたのご主人は子供の頃に家庭環境が良い状態ではなく、ご両親から心を向けてもらえなかったのではありませんか?』
『主人は結婚当初から両親からも冷たくされ家庭内がぎくしゃくして、そのことで私も主人を責めていました。主人は酒に逃げたり、暴れたり、穏やかではない毎日でした。』
Aさんの話しを聞いていると、息子や孫たちのことを思い、嫁ぎ先の家を守るために舅夫婦の仕打ちにも必死に耐え忍んで一生懸命に生きている様子が覗えた。努力しているのである。
しかし、ご主人の『俺の居場所がない』という本音の言葉が意味することは、自分への冷たい家族の厳しさと追い打ちをかける裁きの連続に対して吐いた言葉である。
『奥さん。あなたは離婚したいのですか?それとも可能性があるならやり直したいと思いますか?』
『離婚はしたくありません。できればやり直したいという気持ちはあります。』
『それならば、はっきり申し上げてもいいですか?』
『はい。お願いします。』
『あなたは今まで自分が正しいと思って、そう信じて生活してきましたね。』
『はい。そう思って頑張ってきました。』
『あなたのこれまでの努力は大変なものであったことは十分理解しますよ。しかし、あなたの言葉、行動はご主人に追い打ちをかけて追い出す結果になったとは思えませんか?』
『(;一_一)・・・・・はい。』
『あなたの言葉、行動には間違いはありませんよ。しかし、あなたの言葉と行動には愛がありません。ご主人を心から思いやる優しさがありませんね。』
『(;一_一)・・・・・・』
『ご主人に対し責任を問い詰め、ご主人の行動を裁き、返答できないところまで追いつめたのですよ。奥さんであるあなたに甘えたいという気持ちが、ご主人のどこかにあると思いますが、それがあなたには分かりませんか?』
『以前、酒を飲んで暴れたときに、おまえにだけは俺の気持ちを分かって欲しいと思っていたが、もういい。皆して俺を責めればいい。俺はこの家にいる必要がない。と言ったことがあります。』
『ご主人は、幼少のころから家庭のぬくもり、ご両親の優しさを知らないで育っていると思います。それだけにあなたに優しさと愛を求めていたのですよ。しかし、あなたは逆に厳しさを求め、しっかり女房を務めた結果がご主人の家出になったのです。』
『はい。その通りです。』
『今のままではご主人も家に戻ることはできないでしょうし、戻りたくもないでしょう。ご主人のこれまでの行動を許すことができなければ生涯別居か離婚するかですね。』
『許すというのはどいうことでしょうか。』
『これまでのご主人の行動を否定するのではなく、あなたが受け止めることです。そして、もうひとつ、ご主人に心からお詫びをすることです。』
『どうして、私が主人に詫びるのですか?』
『あなたはご主人とやり直したいといいましたよね。でもお詫びはできない。何故だと思いますか?あなたの心にはご主人を思いやる愛よりもご主人に求める要求愛があるからなんです。』
『本当の愛情というものは、自分が望むことをそのまま相手にしてあげる与える愛をいうのです。だからご主人に対し、これまで優しくなかった自分の言葉、態度を詫びることができないのです。』
『あなたの心はいつも、自分が間違っていない、自分が正しい、主人が間違っているという白黒だけが支配しています。極端すぎるのです。それは相手を裁くということです。あなたはいつもご主人に求め、欲求してきたのですよ。』
『はい。そうでした。』
『あなたも子供を産んでいますね。』
『はい。四人います。』
『生んだときに、赤ちゃんに母乳をあげたでしょ。オッパイをあげるときに、大きくなったら私にお金を頂戴ね、家を建てて親孝行してよ。と要求しながらオッパイをあげましたか?赤ちゃんのオッパイを飲むしぐさ、寝顔をみて、ただ可愛く、愛おしく思ったのであはありませんか。その思いが愛の原点なのです。与えて心が満たされる。これが愛です』
『すみませんでした。ようやくわかりました。』
『気づいてくれて良かったです。私からはもう何も言ううことはありませんよ。』
『折を見て主人には私から謝ります。今までの私を許してくださいと謝ります。主人を裁いていたこと、批判するだけの言葉、責任をなすりつけていたこと、全部謝ります。』
『よくそこまで言いました。今の気持ちを忘れず、ご主人に優しい言葉を掛けてやってください。あなたの心からの温かい言葉が、やがて凍った心を溶かす日が必ずくるでしょう。』
『はい。そうします。ありがとうございます。』
Aさんはしばらく号泣していたが、やがて落着き顔にうっすらと笑みが浮かんだ。来た時とは別人の顔になって背筋を伸ばし帰っていった。
私は心で祈った。
神よこの者の心に光をお与えください。そして罪をお許しください。家族の者たちの罪をお許しください。皆の心に光と安らぎをお与えください。と。
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