驕(おご)るなよ

自ら望んできたのに差し出された御馳走を食べない。
理由は御馳走をいただく前に別な物をたらふく食べてきたから。
自ら望んできたのに素晴らしいティータイムに差し出された美味しいハーブティーを飲めない。
理由はさっき缶コーヒーを2缶飲んできたばかりだから。
ある奥様から相談をいただいた。『御主人が昼夜なく酒びたりで困った。何かよい手立てはないものか』と。
しかし、どのように立派な名言も、どれほど素晴らしい改善ヒントの言葉もせっかく望んで来た相談者の心に入っていかない場合があります。
私たちの頭は考え記憶し、心で思う働きをするのですが、頭も心もある種の器のようなものです。器ですから入る量には限界があります。
悩み苦しみのなかで、どうにもならなくなって相談にみえても頭も心も満杯でおいでになりますから、いくら私が美味しいハーブティーを差し上げてもお腹に入らないのですね。
相談者の頭も心も自己中心的な価値観によって余分な知識と悩みでいっぱいなのです。そして、その余分なものを器から捨てて空にしようとしません。これでは美味しい御馳走も、美味しい飲み物もいただけないはずです。
望んでご馳走をいただきに来るのに自分の器を満杯にしてきたらその器にはご馳走をいれてあげられないし、本人も食べることができません。
改善のヒントというのは差し出したハーブティーのことです。頭も心もゆとりがないから希望のヒントを差し出しても溢れだしてしまいます。だからこそ頭も心も一度リセットしてすっきりせる必要があるのです。
これは悩んだり苦しんだりしている子供や大人に忘れなさいと言っているのではありません。一度吐き出して脇に置いてくださいといっているのです。
しかし、ヒントを生かせない人の傾向としてあるのは、これまで憶えた知識や体験、そして生活習慣のなかで間違った価値観や片寄った価値観に縛られて身動きがとれないということです。
どうしても自分自身が変わろうとせず相手を変えたがります。経験からくる価値観を手放せなければこれまでのように改善ができないまま愚痴の生活をするしかありません。このような人には言葉が聞こえてはいても心には届いていないのもよくわかる。
また返事はしてもそれを行動にできない。明日への希望やヒント、智慧はこれまでの記憶や価値観をゼロにしたときから生かされます。相談者はご主人から『驕るなよ』と一言いわれたと話していた。
確かに仕事もよくこなし、周りにも気配りし、人生経験が豊富な奥さんですが、言葉と態度で人を威圧する傾向にあった。普段は能弁なご主人も、奥さんの前ではもの言わぬ人になってしまっていたようです。自分を知ることの大切さはここにあります。
定期的に頭と心を空にしてみることがとても自分を楽にしてくれます。
今まで見えなかったことが見え始めます。
太陽のしたで冷たい空気を胸一杯に吸い込んでみてください。
無邪気に溢れた子供の顔。お年寄りの顔に刻まれた優しい年輪。
吹雪のなかで春を待つ木々。梢でさえずる野鳥の声。
このようなことに心を向けることを忘れたくない。
自分も世界も見詰め直す。私はこうして生きています。
驕(おご)り⇒思いあがること。いいきになること。
 

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Posted by kansindo