薬の利便性と大きなリスク

20141203-5身体症状には様々なものがあります。

凝り、痛み、疼痛、シビレ、脱力感、倦怠感、吐き気、めまい、胸痛、腰痛、頭痛、偏頭痛、耳鳴り、動悸、息切れ、震顫(シンセン・ふるえ)、等々その他いろいろありますが、これらは私の院に来院される方々がかかえてくる症状の一部の症状です。

例えば、先日治療した方の事例を紹介しましょう。

「ぎっくり腰でまったく動けず、医大病院の整形外科では入院安静しかないと言われた状況のなかで、泣きながら電話予約しました。丁寧に対応して頂きました。正直今までたくさんの接骨院や鍼灸を歩きましたが、こんな結果は初めてです。全身を見ていただいて一時間後には歩けるようになりました。絶対に通います。」

口コミをしてくださったこの方、実は数回来院しましたが今はおいでになっていません。

よくなったからですが、MRIを撮った医大の処置は鎮痛剤と腰に張り付ける冷湿布だけとのこと。

電話をいただいた日はあいにく予約が取れない状況でしたが、電話のむこうの声は半べそ状態で、冷湿布を貼っても鎮痛剤を飲んでも全く効果がなく、腰が痛くて苦しくて歩けないと、とても気の毒でしたが翌日に予約をしていただいた次第です。

電話では「何とか自分で応急処置ができませんか?」ということでした。

「今すぐに冷湿布をはがして温かいシャワーで冷湿布の成分を洗い流してください。そして腹巻をして腰を冷やさないようにしてゆっくり休んでいてください。」とお答えしました。

翌日治療においでになって「温かいシャワーで腰を洗ってあたためたら底苦しい疼痛が和らいで眠れました。」ということだった。

ここでいつも疑問に思うのは、なぜ整形外科では「炎症」という言葉で痛みに対して湿布で片付けてしまう傾向にあるのかということです。

炎症というと患部が熱をもっていても炎症というのですが、熱をもっていなくても痛みがあるということ=炎症という捉え方もされています。

あるいは患部のレントゲンを撮った結果で炎症としている場合があります。

このようなことことから炎症には冷湿布という処置が整形外科では一般的ではなようです。

今回のように、患部が熱をもっていない状態であるけど痛みがあるというぎっくり腰で病院に行きますと、必ずといっていいほど冷湿布をだします。

ところが、この冷湿布を貼りつけると疼痛を訴える場合がほとんどなのです。

冷湿布が有効なのは、患部が熱をもった炎症状態にあるときだけであって、熱をもっていない痛みの場合は逆に温めたほうが痛みが和らぎます。

熱をもった痛みには、打ち身、打撲、捻挫などであって、さらに内出血しているような状態のときも冷湿布をしなくてはなりません。

患部に対する冷湿布と温める処置の仕方を間違うと辛い思いをするのは患者さんです。

要は患部の症状を診たときに冷湿布をするべきか、逆に温めるべきかという基本的な処置が正しくなされていないことが多いということ。

このことは私の院においでになる患者さんたちの数限りない状況、実態からいえることであり、確証のないことを述べているわけではありません。

冷湿布と鎮痛剤の多用は胃腸障害をもたらす原因にもなりえる懸念から、これまで鎮痛剤を多用している人たち、あるいは現在鎮痛剤を服用しているという来院者にはいつもお伝えしてきました。

鎮痛剤の連用は胃腸に相当な負担を掛けるだけではなく、整体施術の効果に対する自覚が薄れるだけでなく、回復が遅くなりますよと。

なぜ回復が遅くなるのか、それは鎮痛剤で痛みを抑えれば抑えるほど、根本的原因が改善されていない状態なのに体を使ってしまうから更に歪みを悪化させてしまうことになるためです。

鎮痛剤を大量に使用する、ステロイド系の強い鎮痛剤を使用することは決して体の為にはならないということを来院する患者さんにお伝えしてきましたが、その事情もお分かりいただけるかなと思います。

さてきょうは、日頃から鎮痛剤の処方や多用について懸念をしていたことが昨日の読売新聞(2015・8・10)「医療ルネサンス」に取り上げられていましたのでその記事を転載させていただきました。

参考にしていただければと思います。

以下医療ルネサンスから。高齢者の薬

鎮痛薬で胃潰瘍、食欲不振
「胃がむかむかして、食事がのどを通らない。1か月で体重が5諺減った」そう訴える独り暮らしの男性Cさん(79)が今年5月、東京都江東区の東京城東病院の内科外来にやってきた。

脱水、貧血、血圧低下など、衰弱が著しく、そのまま入院することが決まった。

食欲不振は数か月前から続いているといい、胃の内視鏡検査を行うと、直径3センチ程度の胃潰瘍ができていて、そこから出血していることが判明した。

貧血は、栄養失調だけでなく、胃の出血も影響しているとみられた。

それにしても、どうして、そんな大きな胃潰瘍ができたのか。総合診療医の本橋伊織さんは、Cさんの薬の記録をチェックして、以前から使っていた強力な痛み止めの座薬に目を留めた。

「非ステロイド系消炎鎮痛薬」と呼ばれるタイプの薬だ。

腰痛やひざ痛などを訴える高齢者によく処方される。

痛みを抑える反面、胃腸を傷める副作用が出やすい。

長期間使い続けて潰瘍が悪化すると、胃に穴が開くこともある。

出血も影響しているとみられた。それにしても、どうして、そんな大きな胃潰瘍ができたのか』総合診療医の本橋伊織さんはヽCさんの薬の記録をチェックして、以前から使っていた強力な痛み止めの座薬に目を留めた。

Cさんも、慢性的な腰痛を抱えていたため、受診した整形外科で、この薬を処方されていた。

入院中に、この非ステロイド系消炎鎮痛薬の使用をやめ、胃薬を飲むことで、胃のむかつきは消え、食欲も戻った。

ただ、Cさんが訴えていた痛みは単なる慢性的な腰痛のせいだけではなかった。

本橋さんが、背中の腫れに気づき、画像検査をすると、背骨の圧迫骨折と肋骨骨折が見つかった。

これに対しては、背骨に負担がかかりすぎないようコルセットを巻いて保護し、安静にして骨がくっつくのを待った。

患者の記録を見ながら、処方されている薬の必要性を検討する総合診療医たち(東京都江東区の東京城東病院)

「痛みの原因に目を向けず、強い薬を足していくだけでは、効果より副作用の害が大きくなる危険もあります。

Cさんのケースを見て、そんな思いを改めて強くしました」と本橋さん。

元々Cさんは複数の内科や精神科、整形外科に通院しており、計20種類以上の薬を処方されていた。

骨折のきっかけは本人に聞いても不明だが、大量の薬の相互作用でふらつきなどを起こし、どこかで背中をぶつけたり、尻餅をついたりした可能性も否定できないという。

Cさんの場合、約1か月間の入院期間中に、副作用が軽い別の鎮痛薬、胃潰瘍の治療薬、ぜんそくの薬、高血圧の薬など、6種類に整理された。

経過は順調で、さらに胃潰瘍の薬などは減らせる見込みだという。(高橋圭史、館林牧子)

以上が転載させていただいた記事内容です。

20種類上の薬を6種類まで整理して、結果的に患者さんが回復に向かったという事例ですが、こういった事例は私の院でも何ら珍しいことではありません。

必要な薬と不必要な薬を正しく選別する判断力は、医師の医療に対する考え方と、経験、洞察力などに委ねるところであります。

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病気と食べ物

r医食同源

食べ過ぎと栄養過多

『必要以外のものはもたない』これは環境にもいいし、身の周りが楽だし、精神衛生上もとてもいい。

このような考えの生き方は健康にとっても重要なことですが、今朝は食事が体に与える影響について述べてみます。

今はメタボリックシンドローム(内臓脂肪の蓄積によりインスリンの働きの低下)が問題となっていますが、高血圧、高脂血症、高血糖、高体重などは殆ど食べ過ぎによる栄養過剰からといわれています。

『腹八分に病なし、腹十二分に医者足らず』という言葉もあるように、食べ過ぎて病気をすることのないようにとの意味で真髄を突いています。

30年前の医者の数は約15万人。現在は約28万人で倍近く、一方、現在ガンで死亡する人は約三十四万人。医者が増えても、医療費をいくらかけても病気はなくなりません。

これは何故でしょうか。

ある医学博士が言っています。

『ガンで死ぬのではない、ガンの治療によって死ぬのだ』と。

これが全てではないだろうが、手術と抗がん剤によって体力のない人はかえって悪化するケースがあること、死期が早まることを言っています。

生き物のなかで病気が多いのは人間と飼われているペットだというデータがある。

野生の動物はいつも空腹であり、百獣の王ライオンも、三日に一度ぐらいしか食事にありつけないといわれています。

あのサバンナでは狩りの厳しさも自然のなかで生きることの条件なのでしょう。

実は人類も飢餓の歴史が多くあったようです。

人間は空腹になると、グレリンというホルモンが分泌されて、脳の海馬の血流がよくなるといわれています。

満腹のときよりは空腹の時のほうが頭は働くように、飢餓のなかで人類は様々なものをつくりだしました。

活動の元となるのは糖分ですが、血糖値をあげるホルモンはグルカゴン、コチゾール、アドレナリン、ノルアドレナリンと多数あります。

しかし、血糖値を下げるホルモンはインスリンの一つだけ。

つまり、体はもともと低血糖、空腹に耐えられるようになっているわけで、今の時代は食べ過ぎだということです。

従って、健康の為には『腹八分』が重要ですが、厄介なのは八分目がわかりにくいこと。

そこで腹八分の条件。

①早食いしない。よく噛んで食べる習慣。

②満足した時はすでに八分を超過。

③少し足りない時が腹八分。

④デザートの分は主食を減らす。

⑤次の食事の時に、お腹が空かないのは腹八分超過で食べ過ぎのせい。

⑥次の食事のときにお腹が空く程度の食事にする。

これらを守れば腹八分は自然に抵抗なく達成され、ダイエット効果抜群、痩身効果アップです。

体は空腹時こそ免疫力がアップする

人間も動物も、病気やケガをすると、それを治すために熱がでるか、食欲がなくなるかのどちらかです。

それは体が本能で病気やケガを治そうとしている状態で、免疫力といいますが、免疫力とは血液中を遊走している単細胞『白血球』の働きのことでもあります。

白血球は元々、細菌やウイルス、老廃物を食べていますが、今のように人間の血液中に栄養がたくさんあり過ぎると、白血球が働く必要もなくなり、病原菌などを食べてくれません。

逆に空腹時にこそ白血球の貪食力が増し、免疫力があがるのです。

また体温が1度あがると、白血球が元気に動き回り、免疫力は一時的に五倍にも上昇するといわれています。

健康を維持するには一日最低一回は空腹の時間をつくることと、汗を流すことが大切なのですね。

『朝食が大事』という話しがありますが、それは人間が日の入りとともに眠り、日の出とともに目覚めていた時代の話し。

ここまではいかなくても私の場合は10時半~11時には布団に入り、夏場なら5時には目覚める習慣となっているため腹八分の朝食を7時に頂く。

現代のように夜遅くまで飲食をし、12時過ぎまで起きている生活では、胃腸が休む時がありません。また朝は汚れを落とす、排泄する時間でもあります。

人にもよって程度の差はありますが、生理的にも、朝は吐く息が臭かったり、ベタベタの汗をかいていたり、目ヤニが出たり、小便が濃くなっているものです。

あきらかに人間の体は日中と朝の時間では状況が違うのです。

現代の生活を考えれば朝食を少なめに足りないくらいにセーブすること、しかし、運動や働くためには栄養も必要ですからニンジンジュースがとても良い。

ニンジンには、体に必要なミネラルやビタミン、糖分が含まれていますし、そこにリンゴを加えると味がまろやかになって飲みやすいうえ、健康効果も高まります。

ショウガに黒糖かハチミツを加え熱いお湯を注ぐと飲みやすさと体温アップ、栄養補給と三拍子が揃いますし、体がポカポカしてくるのがわかります。

できればジューサで手作りした生ジュースが理想的ですが、朝の忙しい時間が無理な人には市販のものでも代用していいでしょう。

これだけではありませんが、皆さんそれぞれに工夫をされているかと思います。

『プチ減食』で体のリセット、免疫力アップ、体温上昇、みずみずしい肌、美容効果がえられます。お試しあれ。

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電話相談の内容をもう一度

1301「中絶・水子供養についての質問」についてメールでのやり取りはアップできましたが、相談者のHさんと電話で話した部分については掲載できていませんでしたから、今回は記憶をたどりながらその部分を掲載しておこうと思います。

電話での1時間以上の会話を思い起こしながらの文章化ですから内容として欠けている点についてはどうぞご容赦いただき、且つ、電話で話し忘れたことについてはこの場を以って補足をさせていただきます。

実は、このことは相談者のHさんからの要望でもありましたのでその意向を紹介しておきます。

「観童先生にひとつお願いがあるのですが、電話相談で私にお話してくださった内容をブログに掲載していただけないでしょうか?

(特に、普通の殺人と中絶を一緒くたにすることの誤りや、一生罪を背負って苦しむことは償いにならないことなど)

私もそうでしたが、中絶経験者はみんな「自分は人殺しだ」とか、「一生許されないし罪を背負っていかなければならない」、「ずっと苦しみ続けることが償いだ」などと考えていると思います。

そういった人々に向けて、是非ともメッセージを送ってほしいのです。

私は電話相談のおかげでだいぶ心が軽くなりましたし、先ほど申し上げたような生き方をしていこうという決心もできました。

観童先生の言葉で、私と同じように救われる方もきっと多くいるはずです。

私も今後また心が不調和になってしまったり、迷いが生じてしまった時には、そのブログ内容や、観童先生からいただいたメールを読み直して気持ちを落ち着かせたいとも思っております。

ご検討いただければ幸いです。よろしくお願い申し上げます。」

さて電話での内容ですが、先ず最初に、中絶することと、人間が人間を殺すことは意味合いが異なるということについてお話ししましょう。

世の中には他人から注意をされただけで切れてしまって相手を刺し殺したという事件もありますし、兄弟が財産争いをして殺害に及んだという悲しい実話もあります。

また、子どもが親を殴り殺したという痛ましい事件や、親が子どもに手掛けて殺してしまったという事件も後を絶ちません。

私が直接受けた相談者のなかにも親を殴って大けがをさせた大学生がいましたが、彼の話しでは「殺意を抱いた」と話していましたし、幼少の頃から家庭をかえりみない父親への不満がそうさせた原因であることがみえてきたのでした。

残念ながらこの家庭は修復できないところまでほぼ崩壊していました。

少し脱線しますが、今現在でも世界の各地で戦争がおこなわれ、兵士は勿論、多くの民間人が犠牲になっています。

これもまた大義があるとはいえ殺人に変わりはありません。

このような殺人行為は人道上許されるものではないということも私たちは知っています。

こうしてみると殺人には、自己都合(不満、怒り、憎しみ、恨み)、政治的都合というエゴからくる感情が暴走して殺人に到っている場合がほとんどです。

殺人という人間の犯す罪には、社会の秩序を守る為の法律が適用されて裁かれますが、当の本人が法律にしたがって刑期を終えたから自分は許されたと勘違いしてしまえば、再犯の可能性だってあり得るでしょう。

何故なら、心からの反省、悔い改めが成されていなければ、本人の心の罪はそのまま厳然としたエゴとなって魂に残るからであります。

一方、今回の相談者Hさん(男性)のように、20代という若さでありながらも彼女が妊娠6週目で中絶という結果に対して、自責の念で相当に苦しんでいたことは、いただいたメールの内容や電話での内容から十分察して余りあるものがありました。

事の重大さを安易に考えて彼女のことを気遣いもしない、労(いた)わりもしない男性もいるなかで、相談者は妊娠、中絶という過ちを真摯に受け止め、不眠になるほど、痩せるほど苦しんだのです。

この心からの懺悔の気持ちが大切なのであって、二度と同じような過ちをしないという決心こそが自分を救う道であるということと、そういった素直な気持ちこそが彼女に対する愛情であり、誠意でもあろうかと思うのです。

過去の記事でも申し上げましたように、妊娠初期6週目の段階ではまだ胎児には魂が宿っておりません。

受精した途端に魂が宿るという表現をしているサイトや思想もあるようでうが、実際は受精したときはその瞬間に新たな生命体の営みが誕生するという意味において宇宙とつながりができると理解すべきであって、宿る事とは違います。

厳密には肉体が形成されていない受精卵に魂がやどることは医学的な見地、物理的見地、霊的な視点からいっても無理があります。

受精卵が細胞分裂を繰り返し、人間としての肉体が形成されてきますと3か月頃には心臓の細胞も形成されやがて鼓動が始まります。

この心臓の鼓動が始まる時期が霊界から肉体に魂が出入りできる条件が整ったときであります。

胎児への魂が宿るというタイミングに関しては、人間の死を考えてもらうと分かりやすいかと思います。

寿命が尽きて死を迎えたときに霊体は身体から抜け出ていますが、まだ完全に切れたわけではなく、肉体と霊体は霊線(光子線)によってつながっています。

そして心臓の鼓動が止まったその瞬間に完全に肉体から分離されてしまうのです。

肉体は心臓の鼓動によって維持されているわけですから、鼓動の停止が本当の肉体死であり、魂が完全に分離する瞬間であります。

つまり心臓の鼓動が始まるときが魂が宿るときであり、鼓動が停止するときが分離するときだということです。

しかし、こういった真実を立証することは限りなく不可能に近いことです。

それは3次元に生きる人間に対して、4次元の肉眼で見えない世界を証明することは今の科学では証明できないからです。

次元差を超えられない壁がここにあります。

早期の中絶という問題は子宮壁を削り取ることになりますが、この時に着床した受精卵も同時に処置されることになります。

母体の痛みもさることながら、それ以上に女性の精神的な苦痛は計り知れないものがあるでしょう。

この中絶という問題は特に3カ月に満たない場合について霊的な視点からすれば、魂の宿っていない胎児は人間としては完全ではなく、母体の一部というように説明した方がより分かりやすいかと思います。

誤解のないようにしていただきたいのですが、このことは新たな生命の営みを軽んじているのでもなく、厳粛な生命誕生の真実を申し上げているということであります。

中絶イコール殺人という風潮は正しい解釈と理解が成されていないこと、霊能者といわれる人々や寺院のなかには中絶を理由にしっかりビジネスにして営利主義に走る者たちが多くいます。

こういう人たちが中絶は殺人だといって不安感や恐怖心をあおり立てて間違った情報を蔓延させてきたのである。

あまりにも簡単に殺人という言葉を使いすぎることによってどれだけの人たちが精神的ダメージを背負い、自縛し、心のなかに影を落としているのか、大いに弊害を危惧するところです。

魂の活動

妊娠3か月以上の胎児に宿った魂は、胎児に入ったままではなく、誕生の瞬間まで胎児の肉体を抜け出て4次元に戻ったり、肉体に戻ったりと自由に出入りしています。

そういう意味では生まれたあとの私達のスピリットとは違い、胎児に宿っている魂の場合は非常に行動範囲が広いということがいえます。

それは何故かというと、まだこの世に生まれていない魂は非常に4次元とのつながりが深く、また私たちのような不要な先入観や知識、心の曇りがありません。

それだけに非常にクリーンな魂だといえるのです。

それがどれだけ大切な事であるか、生まれたばかりの赤ちゃんや、幼児をみているとわかりますが、まだ何も分別のつかない幼児が誰かと会話しながら遊んでいることがあります。

誰と話しているの?と聞くと「知らないおばちゃんと遊んでるの」という。

これは幼児の作り話ではなく、幼い子にはよくあることで、幼児の方が4次元世界を見やすい条件が残っているということである。

そして年齢を重ねていくことによって知識や経験、先入観、エゴが心に出てくるにしたがって心の眼が閉じてくるのである。

何の先入観や既成観念もないほうが霊視ができやすということです。

このことはお母さんのお腹にいる胎児にもいえることであって、まだこの世の空気に触れていない魂は非常に4次元とつながりやすいということです。

次に、3か月を過ぎて胎児に魂が宿ったあとのやむを得ない事情による中絶の場合、その魂はどうなるのかという疑問が湧いてこようかと思います。

先ず、胎児が中絶される前に胎児から魂が離れますから直接的な痛覚というものからは解放されることになります。

これに関しては医学的な問題や法的な問題を一旦わきにおいてお話しをしましょう。

実際お腹に命を宿している(いた)女性にとっては中絶ということ自体納得しがたいものでることは当然のことであります。

しかし、罪悪感を抱いて悩み苦しみ続けることは、償いでもなんでもなく、むしろ心を曇らせるという意味において罪であることから、悔い改め、懺悔は由としても、長期にわたって悲しみ、苦しむことは決して自分自身の為にも子の為にも、霊的な進歩にはならないのです。

胎児に宿った後に中絶されたその魂は本来、霊界において、ある程度のステージまで修行して煩悩から解放された境涯の魂であること。

そのうえで胎児に宿るチャンスをいただいたのですから、中絶されたからとはいっても親や兄弟たちを呪うような悪業をすることはないのです。

まだこの世に生まれていない魂たちは、私たちがもっているような3次元的な狭い価値観ではなく、心が全てであるという境涯にまで自分の心を昇華させた立派な悟りを経た大人たちであるということを知っておいてほしいものです。

胎児に宿った魂がこの世に生まれることができなかった場合、中絶、死産、流産した魂をあの世においては救済の手が天上界より差し伸べられ、養育施設で手厚く保護され大事に成人するまで育てられます。

この点についてはこの社会も福祉という制度の下に同じように施されていることを見ればご理解いただけるのではないでしょうか。

福祉についてもあの世の実態がこの世の現象として反映されているだけのことです。

もう一度申し上げておきましょう。

水子霊は中絶されてしまったとしても決して祟ったり親を恨んだりすることはないし、天上界でしっかり保護されているということや、自分がしっかりと調和した心を持ち、罪悪感に固執せず明るく前向きに生きていくことこそが最善の供養になるということを知っていただきたい。

明るく前向きに生きるとは先ずは、自分自身の心を愛によって満たすことが先決であり、そのうえで多くの人に笑顔で優しく接し、愛のある生き方をすることでしょう。

いつまでも中絶したことを悔いたり、罪悪感に囚われていることが供養ということにはならないのです。

前を向いて明るく生きることにも勇気と決断は必要です。

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続編・中絶・水子供養についての質問

2714月16日 受信 

観童様。おはようございます。

昨日メールさせていただきました、Hと申します。

仕事でお疲れのところ、迅速且つ大変ご丁寧な返信をくださり、本当にありがとうございます。

自分が真面目かどうかは正直分かりません。

そういった部分もあるとは思いますし、人からも必ずそう言われます。

ただ、今までの人生を振り返ってみると、本当に自分のことばかり考えて行動してしまっていたなと思います。

そのせいで、家族を含めて多くの人に迷惑を掛けたり、傷つけてしまいました。

物と心のどちらを優先する生き方をしたいかとのご質問ですが、それはもちろん心です。

生きていくうえでは当然、物も重要ですが、私はやはり優しさ、思いやり、愛といった要素を重視した生き方をしたいです。

先ほども申し上げましたが、私は胸を張って人様に言えるような人生は送ってきておりません。

後悔と反省ばかりですし、今回の件もそうです。

それなら今後自分はどうすべきか、何ができるのかをたくさん考えましたが、同じことを繰り返さぬよう決心し、心を入れ替えてより利他的に生きていきたいと思いました。

もちろん、観童様の仰る通り、「自分が心身ともに調和されての利他愛というのが順当」というのは確かにその通りだと思います。

自分の心(と身体)が調和されることで、人生がより良いものとなっていくでしょうし、そこで初めて偽善的ではない、他者に対する心からの優しさや思いやり、愛が生まれるのだと思います。

のことで自分の過去の行いが許され、償いになるのかは分かりませんが、自分や周りにいる人たちの人生が少しでもプラスの方向に進めば大変嬉しいです。

そのためには、物よりもずっと心を大切にしなければならないと思っております。

あまり上手く説明できず、申し訳ございません。

観童様からのメッセージ、よく読ませていただきましたが、本当に納得させられることばかりです。

どうしてもネットで色々と検索し、変なことばかり考えてしまっておりました。

れがいかに無意味で、自分にとってマイナスであることなのか、頭では分かっているのですが、どうしても止められずにいました。

ただ、今回観童様にメッセージをいただいたのを機に、それもきっぱり止めようと思います。

時間の無駄ですし、精神のバランスが崩れるだけですので・・・。

だまだ時間はかかりそうですが、少しずつ安定した心を取り戻せるように日々過ごして参りたいと思います。

もしよろしければ、そのために何か自分でできること等、ご助言をいただけないでしょうか?

本当は観童様に直接お会いして色々とお話ができればと思っているのですが、経済的な事情があり、関東から岩手まではなかなか行けないので・・・。

今回の件以外でも、昔から心と身体に問題を抱えながら生きてきたので、そちらのご相談もさせていただきいのが本音です。

なので、是非いつかお会いできればと思っております。

私が気になって貼り付けたサイトのURLですが、余計なことをしてしまい申し訳ございませんでした。

今は少し落ち着いて冷静になっているので大丈夫ですが、くだらないことを調べすぎました(言い方は悪いですけれど・・・)。

心が弱っているとここまで自分を見失ってしまうのですね。

までは宗教やスピリチュアル、霊能者に縋っている人を見て馬鹿にしておりましたが、彼らの気持ちがよく分かりました。

その意味でも、常に心の調和を保つことの重要性が分かります。

また取り留めのない文章をつらつらと申し訳ございません。

お時間のある時で構いませんので、再度ご返答いただければ幸いです。

よろしくお願い申し上げます。

この受信に対しては後日電話で直接対応のため本文はなし。

4月21日 受信

観童先生。こんばんは。

お仕事お疲れ様です。

本日14時に電話でお話させていただいたHです。

先ほどはお忙しいところわざわざお時間を取ってくださり、どうもありがとうございました。

また、電話も観童先生にかけさせてしまい、申し訳ございませんでした。

1時間以上もお時間を取らせてしまいましたが、お仕事に支障は出ませんでしたでしょうか?その点が気がかりです。

電話では優しく諭すようにお話してくださり、とても嬉しかったです。

しっかり心を調和して前向きに明るく過ごせるようになるまでは正直まだま まだ時間がかかると思いますが、言われたことを忘れぬよう胸に刻んでおきます。

私は何度も「人殺し」だの「殺人」だの自分で自分を責め、罪悪感に押し潰されそうになっておりましたが、観童先生が「人が人を殺めること」と、「中絶すること」は完全に別物であるという説明をしてくださったおかげで、少し心が軽くなりました。

本当に苦しくてつらかったのですが、何度も優しい言葉をかけてくださり、涙が止まりませんでした。

電話を終えてからは気持ちが楽になり、少しずつ立ち直って元気を取り戻していこうという気にもなれました。

本当にありがとうございます。

電話では話し切れなかったこともまだたくさんありますし、昔から心と身体の両方に悩みを抱えて生きてきたので、本来ならば直接伺って整体やカウンセリングを受けたいのですが、関東在住だとなかなか難しく、非常に残念です。

しかし、いつか必ず一度は観童先生にお会いするために岩手県まで行きたいと思っております。

この先また道に迷い、自分ではどうしようもなくなった時には是非ともご相談に乗っていただければと思います。

奉仕活動としてここまで親身に相談に乗ってくださる方はそういるものではないので、観童先生と知り合えたことを大変嬉しく思います。

本日は本当にありがとうございました。

観童先生ならびにスタッフの皆様の一層のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。取り急ぎお礼かたがたご連絡まで。

それでは失礼致します。H

 

5月2日 受信

観童先生。こんにちは。

先日、電話で中絶後の悩み相談をさせていただいた関東在住のHと申します。

電話相談では優しくご丁寧な対応をしてくださり、ありがとうございました。

その後、また自分の中でモヤモヤした感情や疑問が湧いてきたので、再度相談に乗っていただければと思いメール致しました。

お聞きしたいことがいくつかあるので、お手すきの際にご返答いただければ幸いです。

質問は箇条書きで失礼致します。

1.胎児に魂が宿るのは大体3ヶ月以降とのことですが、私たちは6週目あたりで中絶してしまいました。

この時点では胎児に魂は宿っていなかったとのことですが、この場合、中絶された胎児に宿るはずだった魂の処遇はどのようになるのでしょうか?

例えるなら、魂が胎児という乗り物と一体化する前に、その乗り物を破壊してしまったということになり、乗り物を失った魂は前世の記憶を持った大人のまま天に留まることになったのですか?

本来、魂はどのタイミングで前世の記憶を失って穢れを知らない赤ちゃんの魂となるのか、また、今回のケースでは魂は天でどうなるのかが気になります。

2.観童先生もご存知かどうか分かりませんが、「魂の処方箋」という本の著者である池川明先生(産科医)、越智啓子先生(産科医)たちが言うには、

流産した胎児や中絶された胎児に宿っていた(宿るはずだった)魂は、もともとそうなる運命を分かっていたけれど、それでも敢えて地上に降りてきたわけであり、必要以上に自分を責めるようなことはしなくていいとのことです。

このような言葉で少しは救われる方々は多いと思うのですが、やはり「都合が良すぎる」とか「そんなことで中絶の正当化はできない」などという批判も多くあります。

これについて観童先生の見解を是非お聞かせいただけないでしょうか?

3.以前までは毎日余計なことを考えては罪悪感に苛まれ、気が狂いそうなくらい苦しい思いをしておりました。

しかし、電話で観童先生の無料カウンセリングを受けてからは急に気持ちが落ち着き始め、以前のように取り乱したりはしなくなりました。

また、先月は1週間で5kgも痩せてしまうくらい何も食べられませんでしたが、今では食欲も戻り、だんだんと前向きになることができています。

先日は久しぶりに友達と会って、趣味である野球観戦に行き、楽しむことができたのですが、やはりふとした瞬間に「自分はこんなに楽しい時間を過ごす資格があるのか」、「こんなにすぐ立ち直っていいのか」と考えてしまいますし、たったの1ヶ月で前向きになりつつある自分自身が怖くなります。

観童先生はそれでいいと仰ってくださいましたが、私はまだ自分を許すことができず、複雑な心境です。

どうしたら良いでしょうか?

4.電話の際、観童先生は「まだ6週目なら魂は宿っていないし、適当な言い方ではないかもしれないが、今回の中絶は胎児を殺したとか魂を消し去ったということではなく、母体の一部を取り除いたようなもの(?)である」と言ってくださいました。

そのことで少し心が軽くなり、安堵したのですが、安堵してしまったことでまた罪悪感を抱いてしまいましたし、やはり世間一般では間違いなく「殺人」扱いされてしまうと思うと苦しいです。

先ほどの質問ともかぶってしまいますが、どうすればこのような自分の感情を上手く処理することができるのでしょうか?

5.やはりまだ罪悪感は消えていませんし、自分が中絶という選択をしてしまったことは一生の恥であると思っており、それが毎日頭に浮かんできます。

ただ、そのことが頭に浮かんできても、以前ほど苦しくて発狂しそうになることはなく、罪悪感も時間が経つにつれて薄れているような気がします。

このまま数ヶ月、数年と月日が過ぎゆくにつれて罪悪感が消え去り、中絶という経験が自分の人生の中で起きた過去の出来事の一つに過ぎないものとなってしまいそうでそれが怖いです。

これは問題ないことなのでしょうか?

6.神様は人間の親であり、決して罰を与えたりなんかしないし、今回の過ちだって許してくれるとのことでしたが、正直、これまでの人生を振り返ってみると過ちばかり犯してきました。

観童先生にはもちろん、親や友達にも言えないようなことをした経験がありますし、本当にたくさんの人を傷つけてしまい、迷惑をかけてきました(今回の件が一番酷い過ちではありますが・・・)。

もちろん、それらのことは本当に反省していますし、同じことは繰り返しておりません。こうした過去も許されるのでしょうか?

今回相談させていただいた中絶の件も含め、今までの行いの報いをこれから先の人生で受けるのではないか、死後や来世でとんでもない目に遭うのではないかという不安が拭えません。

以上、質問が多くなってしまい申し訳ございませんが、ご返答いただければ幸いです。

よろしくお願い申し上げます。H

 

返信

Hさんこんばんは。質問にお答えする前に、先ずは「罪」ということについてお話しさせてください。

以前お話ししたかもしれませんが、罪というのはこの世的にいえば律法に反する行為をした場合に「罪を犯した」とするのが一般的でしょう。

しかし、罪というものを、道徳的な視点から見た場合、あるいは霊的な視点から見た場合、必ずしも法的な罪とは同じではなく、内容も意味合いも異なってきます。

法では裁かれなくても道徳的な意味合いからしても道義的によろしくない言葉や行動というものもあるでしょう。

勿論、そういった場合に霊的な視点から見ますと、本人が自覚しているいないにかかわらず「心の罪」として魂に記録されることになります。

「罪」というものは律法に触れなくても、私たちが生活していく中で発生する心の不調和も罪となるのです。

御承知かと思いますが、不調和とは、偏った心のことであり、両極端な価値観もそうですし、不満、愚痴、怒り、嫉妬、執着心、拘り、憎しみなども不調和な精神状態ですから心の罪といえるでしょう。

罪がどのような内容であれ、それを悔いて改めることは誰にはばかる必要もありません。

また、過去の過ちに囚われて悶々とした生き方をすることも厳密に言えば心の罪となって魂に記録されていきます。

何故なら囚われは不調和な心だからです。

ご質問1へのお答えですが、

先ず、6週目というと医学的には胎児の大きさが3センチにも満たない状態で心臓の鼓動も確認できるかどうかという段階だとされています。

「胎児に宿るはずだった魂の処遇はどうなるのか?」

あなたのおっしゃる通り、胎児に宿っていない魂は大人の魂として天上界に残ることになり、前世の記憶をもって次に下生する機会を待つことになります。

例えば、今回何事もなく順調に出産すれば下生する予定だった魂が、あなたと彼女のどちらにご縁の深かった魂であるのか。

仮に、彼女に縁の深かった魂であれば、もしもあなたと彼女が別々のパートナーと結ばれたとしても彼女の子として再び下生する機会を得ることになります。

「本来、魂はどのタイミングで前世の記憶を失って穢れを知らない赤ちゃんの魂となるのか」ということですが、

胎児に宿った魂は胎児がお母さんのお腹のなかにいるうちはまだあの世と胎児の体を行き来していて、完全に前世の記憶を失うのは出産して母体から離れて「オギャ~」と第一声を吐き出した瞬間からです。

つまりこの世の空気に触れた瞬間に前世の記憶が失われるように霊的次元で仕組まれているということです。

質問2へのお答えですが、

出生に関して、あの世での計画が最優先されることはその通りですが、しかし、必ずしもあの世での見通しや、計画が100%そうなるということはないでしょう。

妊娠した胎児が成長いていく段階で肉体的に障害が発生すれば、あの世から見ている魂はその状況が良くわかってはいます。

そうなると、「深いご縁によって下生する機会は頂いたが、今回は障害者として人生を歩むことになるけどそれでも頑張って学んでこよう」という勇気ある決断をすることになります。

そういう意味においていうならば、障害者は身体こそ不自由ではあるが、勇気ある魂をもった人間だと言えるでしょう。

この世においてはリスクが大きいほど魂の修業になることをあの世の魂たちはしているからです。

ですが、流産することも、中絶されることも運命としてわかっていて胎児に宿るというのは少し無理な見解だと思います。

いくらあの世ではこの世の出来事がお見通しとはいっても、不測の事態があるのはあの世でもあるのであって、この世の人間の突発的な都合によって堕胎に到る場合においては運命としてわかっていたという解釈は真実とは少しかけ離れたストーリーと思います。

質問3についてのお答えですが、

先ず、「良い事も、都合の良くないことも全て受け入れること」こう申しあげておきます。

そのうえで、いい人になろうとしないこと。

野球観戦に行って楽しめたことはとても良い事です。

束の間の楽しみであっても、それがあなたの精神衛生上どれだけ役に立ったかと考えると、やはり人間は楽しみという心のゆとりが必要ではないだろうか。

4と5についてですが、

ひとつ申し上げておきます。

あなたの魂の傾向性は「不必要な拘り」のように思います。

もう過去への囚われと罪悪感を手放しなさい。

心からの笑顔をもって他の人々に接しなさい。

それが自分の心の解放にもなり、社会貢献にもつながるのです。

質問6についてですが、

神様は人間が考えるような非常に限られた了見ではなく、一切を許しておられるのです。

私たち地上の人間が頭で考えるような浅い智慧ではなく、三次元的な分別ではなく、4次元、5次元、6次元、そして超次元の意識で以って人間の罪を赦し成長を待っておられるのです。

あなたのように、過去の罪に苦しんでおられる人こそ大きな愛で包んでおられるのですよ。

あなたは一人の神の子として、自分自身を高める義務があります。

私が申し上げるまでもなく、そのためにあなた自身が機会をいただいて下生で来たのではありませんか。

もっと大きな視点で物事を捉え、勇気と決断を以って生きてください。

将来のあるあなたのような若い人たちが大きな志をもたなければ、日本という素晴らしい国が衰退してしまうのです。

死後や来世のことに拘る時間があったら、そのような事態にならないようにするためにも、今を生き切ることが肝要ではありませんか?

あなたが決心して自分の心に灯りを燈すことを願っています。

観童

 

5月3日 受信

観童先生。こんばんは。Hです。

一つ一つご丁寧にお答えくださり、どうもありがとうございます。

観童先生からのメールを何度も繰り返し読ませていただきました。

いつもハッとさせられることばかりで、とても参考になります。

観童先生からのお言葉は心にスッと入ってきますし、その度に気持ちが安定し、落ち着くのは何故でしょうか。

とても不思議です。

罪悪感を手放し、心からの笑顔を持って人々に接する。

後者は自分にとってそれほど難しくないことではありますが、前者についてはもう少し時間がかかりそうです。

というのも、観童先生とメールや電話でやり取りさせていただいてから、不思議と罪悪感自体は薄れてきているのですが、そのことに関してまだ戸惑いがあるといいますか、なかなか上手く感情の処理ができずにいるからです。

もちろん、これから少しずつ自分自身を受け入れられるように進んでいきたいとは思っておりますが・・・。

観童先生は「あなたの魂の傾向性は『不必要な拘り』のように思います」と仰いましたが、本当にその通りだと自覚しています。

思い返してみれば、幼少期から小さいことにこだわる癖がありましたし、いつまでも引きずったり気にしたりすることが本当に多かったです。

・良い事も、都合の良くないことも全て受け入れること

・過去への囚われと罪悪感を手放すこと

もし、これらを上手く行うコツがあれば是非アドバイスしていただきたいのですが、何かありますでしょうか?

明るく前向きに自分の人生を歩んでいくためには、まず先述の内容をしっかりと実践しなければと思っております。

お手数ですが、お時間のある時に再度ご返答いただければ幸いです。

よろしくお願い申し上げます。H

 

H様

「不必要な拘り」があなたの傾向性だというお話ししました。

この傾向性というのは心の癖のことを言います。

実は、昔から人間「なくて七癖」という言葉があるように、人にはそれぞれに皆、大なり小なり癖があるものだということでしょう。

その意味においては、私にも例外なくなかなか直し難い心の癖(傾向性)があります。

だからこそ日々の生活が私の心を成長させるための学びであり実践の繰り返しなんです。

囚われが薄れ、やがては消えていくまでには時間が必要なもので、一朝一夕というわけにはいきません。

自然界をみますとその営みは常に留まることなく動いております。

地上からは水分が蒸発して雲となり、上空で冷やされますと再び雨となって地上におりてきます。

自然界の営みに学ぶこと、それは、とどまることは死を意味するということ。

私たちの心も同じです。

とどまることは病むことにつながっていきます。

人間は睡眠中でさえ魂は休みなく動いていますが、それを自覚していないだけです。

正に諸行無常です。

さて、自分の心を成長させるということはどういうことをいうのでしょうか。

心には弱い面もあれば、強い面もあります。

そして大きな心もあれば小さな心もあります。

弱い心、小さい心を否定するする必要はなにもありませんが、できれば強く、大きな心に成長したほうがいいでしょう。

強いからと言っても自己中心的であったり、傲慢になることでもなく、驕り高ぶることでもありません。

また大きな心とはいっても、慢心することでもなければ、人を見下すことでもありません。

真の強さ、大きさというものはいつも寛容であり、愛深きことだと思います。

こういう心を育てようと決心し、勇気を以って、たゆまず実践するときは自然と不要な拘りが薄れたり、消えたりしているものです。

敢えて「拘らず」とか、「罪悪感を捨てる」と思う必要はありません。

手放すこと、捨てること、拘らないこと、そのことばかりに意識を向けすぎると、拘らないことに拘ってしまっている自分がいます。

これでは本末転倒ということになってしまうでしょう。

「無頓着」という言葉の意味は小さなことに拘らないこと、執着しないこととありますが、だとすれば拘らないことに拘るより、無頓着で何かに夢中になっているほうがいい場合もあります。

このことは逃げることとは全く意味合いがことなります。

私の場合、幸いな事に65歳を過ぎた現在でも現場で忙しく働かせていただいておりますが、些細なことに拘っているとどうしても言動に円滑さがなくなり、それがまた周りに見えない悪影響を及ぼすことがハッキリとみえてしまいます。

この年になってもまだまだ未熟者です。

故に、いつも思わされます。

「心の強さ」は「器」の大きさでもあると。

心が折れるとか、弱くなるとか、壊れるとかいうのは、単純に心の「強さ」の問題だけではなく、心の「大きさ、広さ」のことでもあります。

心の大きさ、広さは多くの失敗と経験によって培われていくものであって、決して知識の集積ではありません。

いくら頑丈なコンクリートでできたダムですら貯水量が増えすぎると決壊する可能性がでてきます。

逆にいくら薄いガラスであっても、コップ一杯なら溢れるほど注いでも耐えられます。

単純に心が壊れることが「弱さ」であるとしたら、「頑丈なコンクリート」よりも「薄いガラス」のほうが強いことになってしまう。

大切なのは「大きさに見合う強さ」だということ。

目標は持ちながらも背伸びせず、しかし卑下することなく、身の丈の生き方で十分だろうと思うのです。

本当の意味で心の大きい人、広い人というのは、不必要な拘りがなく、何事にも執着せず、慈愛の心を忘れず寛容であることをいうのでしょう。

お答えになりましたでしょうか。

5月6日 受信

観童先生。こんにちは、Hです。

どうもありがとうございます。

メールのお返事は本日のブログに掲載してくださったのですね。

しっかり読ませていただきました。

やはり今現在の私の悩みといいますか、拘りや囚われが薄れていくには時間の経過が必要ですよね。

余計なことは考えず夢中になれることを見つけたり、他人に対して笑顔で接し、愛のある生活を心掛けたいと思います。

また、話は逸れますが今までの自分は本当に気が短く、ほんの些 細なことで怒ったり、モノに当たって壊したりしてしまっておりました(今考えると自分でも引いてしまうほどでした)。

観童先生のブログを読んで、「まさか変な霊に憑りつかれていたからなのか?」などと思ってしまうほど短気で怒りの表し方も激しかったのですが、今回の件があってからはそのようなこともだいぶ減りました。

もちろん、今でもイラッとしてしまうことは多々ありますが、その度に「イライラしちゃいけない、怒っても何の意味もない」、「まあ、しょうがない」といったことを自分に言い聞かせてすぐに気持ちを切り替えるように心掛けています。

心を調和し、過去に囚われず常に明るく前向きで利他愛に満ちた生活をする。

簡単なことではありませんし、それで自分の過去が許されるものではないかもしれませんが、そうした生き方をしていきたいです。

観童先生に1つお願いがあるのですが、電話相談で私にお話してくださった内容をブログに掲載していただけないでしょうか?(特に、普通の殺人と中絶を一緒くたにすることの誤りや、一生罪を背負って苦しむことは償いにならないことなど)

私もそうでしたが、中絶経験者はみんな「自分は人殺しだ」とか、「一生許されないし罪を背負っていかなければならない」、「ずっと苦しみ続けることが償いだ」などと考えていると思います。

そういった人々に向けて、是非ともメッセージを送ってほしいのです。

私は電話相談のおかげでだいぶ心が軽くなりましたし、先ほど申し上げたような生き方をしていこうという決心もできました。

観童先生の言葉で、私と同じように救われる方もきっと多くいるはずです。

私も今後また心が不調和になってしまったり、迷いが生じてしまった時には、そのブログ内容や、観童先生からいただいたメールを読み直して気持ちを落ち着かせたいとも思っております。

ご検討いただければ幸いです。

よろしくお願い申し上げます。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

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中絶・水子供養についてのご質問

 

 

 

 

 

178-179A-A-B16K今回は、相談者から快く承諾を頂きまして内容を公開できることになりました。

H様にはこの場を借りて心から感謝申し上げます。

こういった事案は他にも経験のある方がおられるかもしれませんし、心に秘めたまま封印して未消化のまま生活しているおられるのであれば、少しでも参考にして頂くことで区切りとなり、心を軽くしていただく機会となればと願うものです。

以下、相談者の本文。

2015年4月15日 受信

観童様。はじめまして。

水子供養について検索していたところ、 観童様のブログに辿りつきメールさせていただきました、Hと申します。

関東在住の20代、男性です。

是非ともご相談したいことがあるので、よろしければお返事いただければ幸いです。

実は、現在お付き合いしている彼女が3月に妊娠してしまい、 自分たちの立場や経済的事情を考えると出産して育てることは不可能であるため、話し合った結果、初期中絶手術(妊娠5~6週目)を受けることに決めました。

手術は先日受けてきまして、不適切な言い方かもしれませんが無事終わりました。

今回の件は無責任且つ自分たちの勝手な都合であり、 決して許されることではないというのは重々承知です。

何の罪もない1つの尊い命を犠牲にしてしまったこと、 彼女の身体と心に大きな傷を残してしまったことについては 悔やんでも悔やみきれないほどであり、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。

また、今回の件がきっかけで、何度も彼女との関係がこじれそうにもなりました。

観童様のブログでは、水子供養は必要ないとの文言がありましたが、ひとつの区切りとして、彼女と一緒にお寺に行き、読経供養だけお願いしました。

『中絶と水子供養』 『水子供養の真偽』 『水子供養の因習と真偽』 

私も彼女もそれで多少なり落ち着きましたが、現段階ではまだしっかりと気持ちの整理ができておらず、当然のことではありますが、精神的に不安定な状態が続いています。

そこで、いくつかお聞きしたいことがあるのです。

箇条書きにて失礼致します。

●水子供養について自分なりにたくさん調べたのですが、 以下のように、人によって見解がバラバラであり、何が本当で何が嘘なのか分からず混乱しております。

サイトA

「人工中絶の場合は、親のエゴにより胎児が一方的に被害をこうむる。 このため、両親は地上で言う殺人の罪を犯すことになる。 この罪に対する償いは、各人によって異なるが、相当の精神的な苦しみを味わうことは共通しているという。 後に、その胎児霊との霊界での対面も覚悟しなくてはいけない。 ~中略~ 中絶の罪に対する一番の償いは、犯してしまったという苦しみの果てに霊性に目覚め、より利他愛に生きる人生を選択することである。意識を改めない限り、形式的な水子休養では、償いにはならない」 と。

サイトB

「水子となった霊の恨みや憎しみは、やがてその親たちに向かいます。 時には夫婦仲をさいたり、家業をかたむけてしまったり、病気を起こして報復します。

婚前交渉で子供を堕したりする時は、結婚しても子供ができなくなったり、たとえできても健康体でなかったり、親に反抗したりする子供になることがよくあります。

霊的に見た場合、人工中絶は、殺人に該当するわけで、親も、その中絶を手伝った医師も、死後、霊界で断罪されることとなります。

無論、危機に瀕した母体を助けるためとか、正当な理由があれば仕方がありませんが、多くの場合は、目先の性交渉の結果による「望まざる赤子」であり、人工中絶という手段でもって、「闇から闇へ葬る」事です。

これは、霊的には「殺人罪」に該当し、母体の差し迫る危機などのやむを得ない理由を抜かし、すべて「霊的に見て殺人罪」扱いとなります。

~中略~ 人工中絶を行った親も、霊界入り後、「生まれるはずだった自分の子供と対面させられる罰ゲームが待っている」のです。

その罰ゲームもかなりつらい。『何で、自分を生んでくれなかったの?酷い。酷いい・・・』と、子供から繰り返し責め立てられる上に、周りの霊からも、冷ややかな視線を浴びる」など、

良いことは何一つないわけで、己の犯した罪の重さを、思い知ることになるでしょう。

寺で供養してもらおうが、そんなものは、何一つ関係ありません。

要するに、「水子供養は、『詐欺である』」と言わざるを得ないのです。 真摯に反省し、二度とそのような軽率な行為を起こさない決意を固めて生きていけば、霊界に帰り着いた後の処罰も、少しは軽くなるかもしれません。それ以外にないのです」

サイトC

「~まだご家庭を持っていない方も自分は幼い時は確かによく爪を噛んでいたな、とかよく海で溺れる夢を見たな、とかそういうのも当てはまることになります。

勘のいい方はすぐお分かりになったと思いますが多くは子供が関係していますよね? そうです。これらは全て水子さんが怒っている合図です。

女性の場合 母親であるご自身に水子さんがいない場合、必ず親にいるはずです。

あと男性の場合も自分の上か下に本来兄弟姉妹ができるはずだったのに親が中絶をしてしまっていた場合、怒った水子さんの影響は親だけでなくその人にも来てしまいます。

水子さんが悪さをするはずがない!とか、水子さんはすぐに天国へ行く。亡くなったと同時にすぐに成仏する!とか、

水子さん=天使とか、水子さんはまたすぐに生まれ変わってきてくれるとか、思っている人は世間に多いみたいですが、

霊界はそうではない!!とハッキリと言っています。 また水子供養というのがありますが、これも間違った方法や教えが普及してしまっていて

実際にこちらで鑑定をした結果9割以上の方が水子供養がちゃんと出来ていません。 ~中略~ お金がないのに出来ちゃった、とか 結婚の予定もない男女の色恋によって出来てしまったから、

など 赤ちゃんではなく親・大人の都合によって中絶をしてしまう。 というパターンです。この場合の水子さんは怒るそうです。 ちゃんと供養してくれるまで許してはくれないのだそうです」

**********************************************************************************

このように、自称「霊能者」や「スピリチュアルカウンセラー」といった方々は世の中に多くいますが、

見解がバラバラであり、一体何が本当のことなのか全く分かりません。

観童様のブログにあるように、「胎児に魂が宿るのは3~4ヶ月後である」という説、

仏教やキリスト教、シルバーバーチの霊訓のように「受胎の時点で魂は宿っているから中絶は殺人と一緒」という説、

他にも、「水子は純粋で穢れがない(自分の運命を始めから知っている)から、

憑依したり親を恨んだりすることはない」という説や、それに対し「さみしくて成仏できずに親の近くを浮遊している」、

「~な水子は怒っている」など、真逆の見解があり、自分とは反対の立場の主張を批判し合っている人たちが大変多いようです。

また、中絶という殺人に等しい行為をしてしまったことでそれがカルマとなり、現世もしくは来世で報い(生きたまま両手や両足を切断されたり、中絶された胎児と同じような目に遭う等)を

受けるといった話もところどころで見ますが、やはりそういった罰は今後の人生、もしくは死後などに必ず受けることとなるのでしょうか?

私はもともと宗教やスピリチュアルなことに関しては無関心(むしろ否定的)だったのですが、

今回自分たちの身に起きたことがきっかけとなり、かなり考えるようになりましたし、本気で精神的に滅入っていた時期は、宗教やスピリチュアル、霊能者に頼ってしまう人の気持ちが心底理解できました。

観童様も含め、宗教的な立場や個人によって見解が全く異なっており、それらの見解を確認する度に恐怖心を抱いたり、少し安心したり(安心してしまうことでまた罪悪感を抱いたり)して未だに精神不安定な状態が続いております。

また、どうしてもインターネットで「中絶」関連のワードで色々と検索してしまいます。

同じような経験や悩みを持つ人、それに対して助言や批判をする人たちが多くいますが、やはり大半の人は「殺人」、「人殺し」という見解を持っているようであり、中絶経験者に対して心ない言葉を平気で吐きかける人もいます。

(中絶経験者も自らを「人殺し」、「自分は一生許されないし後悔し続けながら生きていかないといけない」などと責めています)

それを見る度に私も心が苦しくなり、「犯罪ではないだけで、自分のしたことはそこらの殺人犯と同じなんだ・・・」と自己嫌悪に陥ってしまいます。

周りの友達を見ても、私の知っている限りではこんな経験をした人などおりませんし、彼らと別世界に生きているような感覚になってしまいます。

また、メディアで犯罪者が取り上げられているのを見ても、「この容疑者は罪を犯したけれど、人は殺してないから自分よりマシだ」なんてことも考えてしまいます。

こんなことばかり考えてしまうせいで、もともと不眠症気味且つ軽度の鬱気味だったのが更に悪化してしまい、夢の中でも「中絶」のことばかり出てくるようになりました。

普段の生活でも、心から笑えなくなってしまいました。

友達や家族と話す時、頑張って愛想笑いくらいはするのですが、その直後に、自分が笑顔になったことに対して罪悪感を抱いてしまいます。

今後どのようにして気持ちに折り合いをつけ、生きていけばいいのかが分からなくなっております。

一応、水子供養をお願いしたお寺の住職様にも少し相談させていただいたのですが、人間の営みの中でそうした過失が起こるのは致し方ないこと。

大切なのは罪悪感ではなく、水子霊とどう折り合いをつけていくのかを考えること、大小関わらず「徳を積む」こと、過度に不安を煽るような人間の言葉は信じないこと、こういったお話をしていただきました。

これらについて、是非とも観童様の見解やご助言をいただければと思っております。

以上、長々と稚拙な文章を書き連ねてしまい、申し訳ございません。

恐らく、私以外にも様々な悩みを抱えていらっしゃる方々からのご相談が絶えず寄せられていることと思います。

私の場合は切羽詰まっており、今すぐどうしてもお返事をいただかなければならないというわけではありませんので、深い悩みを抱えた方々への対応を優先していただき、お時間の空いた時にご返答いただければ幸いです。

お忙しいところ大変恐縮ではございますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。H

 

返信

Hさま。仕事が終わってからの返信となりましたのでこんな夜分になってしまいました。失礼いたします。

お問い合わせの件。あなたと彼女のおかれた状況、心中をお察しいたします。

面からしてあなたは随分と真面目な方とお見受けしました。

むしろ生真面目といったら失礼になるでしょうか。

これから申し上げることは、霊能者ということではなく、一人の人間としてお話しをさせていただきますので承知いただければと思います。

先ずはH様に質問です。

あなたはこの世で人生を全うするにあたって、物と心のどちらを優先する生き方をしたいとお考えでしょうか?

この三次元世界で生きるということは、物も無視できません。

勿論、心も無視できません。

どちらも大切なことです。

そんななかでH様はどちらをと問われたら何とお答えになるでしょうか?

メディアではありとあらゆるサイトが存在し、事の真実はともかく、様々な考え方、様々な思想、哲学、価値観があります。

そういったなかで見えない世界の真実を知ることは砂漠で一粒のダイヤを探し当てるに等しい事のように思います。

つまり、真実は存在しても、一般的にはそれを確認するすべはないということ。

俗にいう霊能者、カウンセラ―、占い師とはいっても能力や知識、人間性には大きな違いがあります。

そういったそれぞれの技量の違い、能力の違いで語る言葉はほんとうに千差万別といってもいいかもしれません。

「どれが本当の事か、何が真実なのか」というあなたの疑問は当然のことでしょう。

しかし、これが真実ですということをあなたに証明することは限りなく不可能なのです。

物や形があるならこれですと見せることができますが、形のないものをお見せすることができません。

そうなると何が重要であるか、何を大切にするべきかではないでしょうか。

様々なサイトの真偽を探すことをしていたら、ネットサーフィンすることになり、結果的に自分の精神バランスを崩すことになります。

「何の罪もないひとつの尊い命を犠牲にしてしまったこと、 彼女の身体と心に大きな傷を残してしまったことについては悔やんでも悔やみきれないほどであり、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。」

あなたのこの言葉にはあなたの愛、良心、素直な心がうかがえてとてもうれしく思います。

しかし、彼女に対する気持ちが、偽りのない本当の愛情であることを、これからもしっかりと自分が彼女を支えていくという意思を持って伝えることが、いつまでも悔やんでお互いがネガティブな状況になっているより大事なことではありませんか。

今回の過ちを教訓として、二人が心を調えて明るい人生にしていくことがどれだけ中絶した魂に対して供養になることか。

よくお考えください。

どのような経緯があったにせよ、先にあの世に行った魂が、地上に暮らす縁者のネガティブな思考、生き方をみて本当に喜ぶでしょうか。

えば、あなた方にお子さんが何人かいたとしましょう。

やがて寿命が尽きてあなた方ご夫婦が先に天に還ったとします。

そのときに地上で暮らす子孫の生き方が、家庭平和で愛に溢れて、明るく生きている姿を天上界からみたら喜びませんか?

「私たちの息子夫婦、孫たちも仲良く幸せに暮らしていて安心だね」ということになるはずです。

逆に、子孫が悩み苦しみ、争いをしながら不調和な生活をしている姿をみたら、悲しく、寂しく、安心できないだろうと思うのです。

私が申し上げたいことは、過ちは一度心から懺悔したら、あとは日々の生活を明るいものにしていかなければ真の供養には成り得ないということです。

◎「中絶の罪に対する一番の償いは、犯してしまったという苦しみの果てに霊性に目覚め、より利他愛に生きる人生を選択することである。意識を改めない限り、形式的な水子休養では、償いにはならない」

この言葉は胎児の両親にとって本来あるべき姿と真実を語っていると思います。

ただ、苦しみの果てにというところまで至らなくても気付いたならば、先ずは利他愛に生きる人生の選択よりも、自分たちの心の調和を図ることが最優先事項かと思います。

利他愛は自分が心身ともに調和されての利他愛というのが順当ではないでしょうか。

もう少しいうならば、自身の心が不幸せでは利他愛はなく、利他愛のための利他愛は偽善となり自己の偽りとなるでしょう。

つまり、利他愛にとらわれて、自然にできてくる愛からの行動にならなければ無理があると言う意味です。

葉による観念遊戯に翻弄されてはならないと思います。

「水子となった霊の恨みや憎しみは、やがてその親たちに向かいます。 時には夫婦仲をさいたり、家業をかたむけてしまったり、病気を起こして報復します。 婚前交渉で子供を堕したりする時は、結婚しても子供ができなくなったり、たとえできても健康体でなかったり、親に反抗したりする子供になることがよくあります」

この言葉を公開している方がどのような方なのかは存じませんが、正直に申し上げて、いただけません。

内容に無理がありますし、矛盾もありますし、魂の徳性ということがお分かりになっていない内容だと思います。

何故なら、少なくても胎児に宿る魂は霊界において、魂のステージがある程度の段階まで達した境涯の人たちです。

あの世においては既に地上的な価値観、執着から離れた魂といえます。

夫婦の仲を裂き、家業を傾け、病気を起こして報復するという。

「婚前交渉で子供を堕したりする時は、結婚しても子供ができなくなったり、たとえできても健康体でなかったり、親に反抗したりする子供になることがよくある」という。

れではまるで阿修羅な世界の地獄霊ではありませんか。

人を呪わば穴二つで、胎児の霊といえども、これでは地獄行き間違いなしです。

死産や流産、中絶、その他の理由でこの世に生まれることができなかった魂は、地上に生れて業を重ねた人たちの魂に比べたらはるかにキレイな穢れのない魂なのです。

よくよく考えてみてほしいのですが、私たち地上で暮らす人間にも、心の優しい人、執着のない人、調和されて愛の深き人がいる半面、自我心が強く、周囲の人たちとのトラブルが絶えない人もいます。

何かしら問題があったときに牙をむいて敵対してくる人はどういう人かお分かりのはずです。

もちろん後者ですね。

多少のカルマはもって生れるにしても、胎児は前者の境涯の魂といってよいでしょう。

そのような魂が恨みや憎しみゆえに両親に災いを与えるなら、それこそ水子自身が地獄に堕ちるような罪を重ねることになります。

そもそも水子はこの世の生まれたばかりの赤ちゃんの魂と等しい段階なのに、人に災いをもたらすような呪いをかける力などありようがないのです。

上記の言葉を書かれた方は、自分の心の境涯によって内容を書いたに過ぎないと思えてなりません。

失礼は承知で申し上げますが幼稚です。

以下、あなたが紹介してくださったサイトの内容は◎印をつけた部分以外はスルーさせていただきます。

文面から発する波動が良くなく、サイトのほうは拝見する気持ちにはなりません。

せっかく紹介してくださったのに申し訳ありません。

中絶は様々な状況、理由、環境、条件、等々、みなさんそれぞれに立場もあり致し方なかったことの結果であると思います。

の是非を問うことに拘り、悔い改めることや、心機一転、反省して教訓とし、男女和合して生きることが求められるところかと思うのです。

ありもしない霊界ストーリの真偽はどうなのかと、心迷わせることの愚かに気づかなければならないと思いませんか。

どうぞあなたの真面目な心、優しい心をもって、一時ではあっても親子の縁があった赤ちゃんへの供養としていただき、彼女への愛としてください。

変に宗教的なパフォーマンスを行うことは、関係のない霊を引き寄せてしまいますのでそれはおやめください。

過去に、水子供養をやりなさいと言われてやったがために未浄化な霊たちを引き寄せていた方がいました。

水子が災いしていたのではなく、当人たちの罪悪感や不調和な心のままに間違った指導をうけて供養というパフォーマンスをしたからです。

あなたがたの水子は天上界の保育施設で丁重に光りの天使たちによって養育されています。

ご安心ください。

そして、彼女に体をご自愛くださるようお伝えください。

御質問の答えになっていないかもしれませんがこれにて失礼いたします。

観童

次回は、明日もう一度続編をアップ予定でおります。

※きょうも最後までお読みくださいまして感謝もうしあげます。何かしら参考になることが有りましたら下のバナーをポチッとワンクリックして頂ければ有り難く思います。

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大量精神科薬で搬送・問われる処方箋

健康

向精神薬に関しては重要視しているテーマでもありましたので、冒頭に読売新聞2月11日(火)8時59分配信から転載させていただいた記事を紹介します。

大量精神科薬で搬送、156病院…問われる処方

精神科の薬を一度に大量に服薬した患者の搬送を受けた救急医療機関が、2012年は全国で少なくとも156病院に上り、うち約3割にあたる46病院は年間50件以上搬送されていることが、読売新聞の調査でわかった。

服薬したのはいずれも医療機関でしか処方できない薬で、抗うつ薬、睡眠薬などの処方のあり方が問われそうだ。

昨年11月、全国の救命救急センターと日本救急医学会の救急科専門医指定施設の計498病院にアンケートを送り、164病院から回答を得た(回収率33%)。

大量服薬患者を年間100件以上受けている病院も10病院あり、最も多い病院では約500件と回答した。

うつ病で処方される三環系抗うつ薬では大量服薬によって1年間で計5人が死亡したほか、52人に不整脈、23人に長時間にわたるけいれんなど、命に関わる症状が見られた。

今回このような記事を掲載させていただいた理由は、私自身も人々の健康に携わる人間としていつも心にある事案ああり、医療現場において処方される薬について皆様にお考えいただきたいという思いからであります。

きょうは私が営んでいる整体院での事例を一部だけ紹介させていただきます。

事例1

OHさん76歳女性は、無気力、頭痛、肩凝り、腰痛、手足の震顫(シンセンふるえ)不眠、動悸、ふらつき、めまい、ふぁふぁ感、食欲なし、こういった状態で私のところにおいでになった。

目に力も動きがなく伏し目がちで顔色が真っ青で血の気がない。

ここ半年ほどで悪化するだけで全く回復の兆しがみえないとのことだった。

OHさん76歳は老老介護で自分の母親90歳の世話に疲れ切って体調を崩し、内科に行って症状を話したら肩凝り用にと筋弛緩剤、食欲の出るお薬としてドグマチール、不眠への対処としてデパスマイスリー、血圧を下げるための降圧剤、骨密度が低いからとカルシューム剤、コレステロール値が高いからと降下剤、毎日これだけの薬を服用していた。

患者は医師の言うことを信じて言われるがままに食べるほどの薬を大量に服用している。

私はこのOHさんのお薬手帳を見て服用する薬の多さと、不要と思われる薬の処方に大いに疑問をもって娘さんに同席を願い提案した。

「あなたのお母さんは病気という病気が発見されていないのですからこれだけの薬は不必要だと思います。むしろ薬をやめることで体調が戻りご飯も食べられるようになり、元気になれると思いますよ。

今までお薬で改善されなくて逆に悪化しているのですからこの際お薬をやめてみられてはどうでしょうか?」

OHさんは整体後にほぐされた体に手足の温かさが戻り、頭も目も楽になったことで私の提案する減薬について半信半疑ながらも娘さんと共に受けいれてくれた。

三日後に再来院したときにはしっかり私と目を合わせて会話をしてくれた。

初診から一週間後には顔に赤みが差してきた。

お奨めの野菜スープのレシピを娘さんに作っていただき毎日美味しいと言って食べてますといった。

10日後にはご飯を食べれるまでにお腹の調子が回復してきた。

そして自分から語りだし、最初に来院したときの自分は、頭も体も意識が薄れてあまり記憶がなかったと話してくれた。

私はOHさんが服用していた薬について初めて下記のような副作用を詳細を説明した。

ここで参考までに記述しておきます。

眠りに導く催眠鎮静剤として処方される、

マイスリー

副作用、ふらつき、手足のしびれ、けいれん、頭痛、頭重感、めまい、不安、興奮などの精神神経症状、食欲不振、口やのどの渇き、吐き気・嘔吐(おうと)、下痢、腹痛、便秘などの消化器症状、動悸(どうき)、胸の圧迫感、血圧の低下などの循環器症状、倦怠感(けんたいかん)(だるさ)、力が入らないといった筋緊張低下症状、横紋筋融解症、悪性症候群、意識障害、勃起(ぼっき)障害、むくみ・夜尿・頻尿などをおこすことがあります。とされていますが、処方箋にはこのような説明がなされることはない。

不安や緊張をやわらげまた、筋肉の緊張をとる作用があるものとして処方される、

デパス

通常、神経症、うつ病、心身症(高血圧症、胃・十二指腸潰瘍)における不安・緊張・抑うつ・睡眠障害の改善、けい椎症、腰痛症、筋収縮性頭痛における筋肉のこわばりなどの改善に用いられます。

副作用

眠気、ふらつき、けん怠感、脱力感、発疹、じん麻疹、かゆみ、紅斑

・薬への欲求が抑えられない、けいれん、不眠、不安があらわれる [依存性]
・全身けん怠感、食欲不振、皮膚や白目が黄色くなる [肝機能障害、黄疸]
・発熱(37.5℃以上)、筋肉のこわばり、手足のふるえ [悪性症候群]
・手足の筋肉の痛み、しびれ、脱力感、赤褐色尿 [横紋筋融解症]
・発熱、から咳、呼吸困難 [間質性肺炎]

以上、中枢神経に働きかける向精神薬の副作用を2例だけ述べてみました。

このような副作用で苦しんでいながら薬を手放せない、減薬できない、断薬できないでいる人たちは非常に多く、私のところでもいつも考えさせられる事案が多いのです。

そして、特にこれといった特定された病態が発見されていないのに安易に薬を処方する医師の多いこと。

このような医療のありかた事態こそが現代医療の問題点であると思うのですがこのブログを訪問してくださっているあなたはどうお考えになられますか?

件(くだん)のOHさんの様子はその後順調に回復に向かっていて、とても顔色がよく、食べれなかったご飯も今は普通に食欲があり、体力もついて大分元気になってきた。

嬉しいことである。

それではここに、奥村康:順天堂大学医学部教授があるブログに掲載されたものですが、その抜粋を紹介しましょう。

コレステロールの抑制は危険

以下、

医者に行くと、総コレステロール値220以上で異常だといってコレステロール降下剤を飲まされる。すると、まずいことに鬱(うつ)になるんですね。

非常に多弁だった人が無口になったりする。そういう人が電車に飛び込むんだという話をしていたら、実際に帝京大学の精神科の先生とJR東日本が協力して、JR中央線で自殺した人を調べたんです。

その結果、9割が55~60歳で、ほとんどが男だった。それが見事に全員、コレステロール降下剤を飲んでいたという。

以上ここまで一部引用転載させていただきました。

このような記事を読むにつけ考えさせられます。

薬の異常投与

いったい何人の飛び込み自殺があったのか不明ですが、そう何人もないと思われ、「9割」という数値が出てきますから、ここは10人と考えてよいかもしれません。

そして、「ほとんどが男」と表現されていますから、「飛び込み自殺した55~60歳の男7、8人は、皆、コレステロール降下剤を飲んでいた。」といったことになりそうです。

標本数が少ないですから、飛び込み自殺とコレステロール降下剤の間に有意な相関があるとは断定できないものの、「全員がコレステロール降下剤を飲んでいた」という事実は重いです。

そして、降下剤で低コレステロールになると鬱(うつ)症状が出やすくなるのも事実ですし、鬱病者の自殺が多いというのも事実ですから、コレステロール降下剤と飛び込み自殺との間には、かなりの因果関係があることも否定しきれなくなります。実に恐ろしいことです。

コレステロール降下剤の危険性は、言われて久しいものがあります。

それにもかかわらず、日本の医療業界は、高コレステロールの判定基準を低めに設定することによって、高脂血症(今は脂質異常症)の患者を作為的に作り出し、コレステロール降下剤を野放図に投与させて、営利に走ってきたのである。

日本の医薬品市場規模は約 6.7 兆円で、その9 割弱は医療用医薬品である。

世界市場における位置づけとしては、日本の医薬品市場は世界市場の約 13%を占め、アメリカに次いで第2 位であり、世界市場の13%を占めているところが問題でもあり見逃せない事案と捉えるところだ。

そして、その“ユーザー”は圧倒的に閉経後の女性です。

女性は閉経によって総コレステロール値が280(LDL悪玉は180)を超えることが珍しくなく、米国では閉経後の女性にコレステロール降下剤を投与してはいけないと言われています。

日本人は他の民族と違って異常に高コレステロール体質であるというなら分かりますが、そのような実態は全くありませんから、“薬の異常投与”以外の何物でもありません。

ところで、コレステロールは、悪玉と善玉があって、悪玉のLDLが目の仇にされ、善玉のHDLを増やしましょうと言われていますが、決してそうとばかりもいえない。

単に肝臓から末梢へ運ばれるのがLDLであり、単に逆輸送されるのがHDLで、両者ともに欠くことができないものであって、そのバランスが取られて生命活動がなされているのです。

両者の適正濃度というものは、個人差があるのが当たり前であって、それらの濃度が普段より異常に高まってきたのであれば、その原因は、特殊な病気を除いては、出入りのバランス、つまり、栄養の過剰摂取以外に原因は求めようがなく、節度のある食事をすることで改善が図れるはずである。

栄養学に拘り過ぎてかえって美食、過食、飽食、不摂生に陥っている観がぬぐえないことが来院者をみていて多々ある。

薬を過剰投与するより、過ぎない食事、偏らない食事こそが健康づくりと指導するのが医者の役目ではなかろうか。

所が、これでは低額の初診料とわずかばかりの検査料しかお医者さんの懐に入りませんから、コレステロール降下剤の処方箋を書き続けて安定した収入を図ることになってくるのである。

れは、日本の医療制度に本質的な欠陥があるからですが、簡単に変えられるものではなく、生活習慣病をターゲットにした医療ビジネスが大流行りになってしまっているというのが実態でありましょう。

また、良心的なお医者さんにあっても、総コレステロール値が280(LDL悪玉は180)もあるような患者さんに“飲まなくていいよ”と指導した後に、万一脳梗塞や心筋梗塞で倒れたりして医療過誤で訴えられたら完全に敗訴してしまいますから、“飲まなきゃいかん”と言わざるを得ないのです。

さて、コレステロールについては、近年、個別の学会など医師サイドからも、基準値が低すぎ、これは問題だという声も出ています。

これは、幾つもの大規模な疫学調査で総コレステロール値が基準値より高い方が長生きしているという実態や高い値でも脳梗塞や心筋梗塞の危険性が高まることはほとんどないという調査結果が出ているからです。

また、患者も、その副作用がけっこうあったりしてコレステロール降下剤は危険だという情報をときどき耳にするようになり、不安を持つに至りました。

そこで、開業医が発言権を握っている日本医師会がどう動いたかというと、基準値の根本的見直しです。

従前は、総コレステロール値を基準にしていたのですが、2007年4月に、高脂血症を脂質異常症に改めるとともに、LDLとHDLに分けて、それぞれについて判定するという、複雑怪奇な物差しにし、患者をペテンに巻いて不安感を消し去るとともに、今まで総コレステロール値でもって今の基準が厳しすぎるという批判を見事にかわしてしまったのです。

定められた新基準は次のとおりです。

高LDL(悪玉)コレステロール血症 140mg/dl以上

低HDL(善玉)コレステロール血症  40mg/dl未満

事例2・医療現場から

高コレステロール治療薬で副作用

LDL(悪玉)コレステロールが200前後と高く、治療薬を飲んだところ、強い筋肉痛や疲労感があり服用をやめました。高コレステロールの食べ物は控えていますが、数値は下がらず悩んでいます。(67歳女性)

動脈硬化なければ服薬不要

佐久間 一郎先生

カレスサッポロ 北光記念クリニック所長(循環器内科)(札幌市)

これまでLDLコレステロールが高いと、心臓病や脳梗塞になりやすいとされ、数値を下げる薬を飲むよう勧められてきました。

しかし、日本人の女性の場合、LDLコレステロールが高いだけでは、これらの病気の原因となる動脈硬化は進まず、病気はあまり発症しないことが、最近の研究で分かっています。

糖尿病や高血圧ではない、喫煙はしていない、HDL(善玉)コレステロールが高いといった場合は、動脈硬化はあまり進みません。

動脈硬化があるかどうかは、首を通る()動脈を超音波(エコー検査)で調べることができます。検査を受けて動脈硬化がなければ、治療薬を服用する必要はないと言えます。

食生活でLDLコレステロールを下げるには、「飽和脂肪酸」の摂取を減らすことが大切です。

牛肉や豚肉、鶏皮、牛乳、ヨーグルト、洋菓子に多く含まれています。

低脂肪や無脂肪の乳製品を選ぶのも効果的です。

太っている場合は、体重を減らすとLDLコレステロールが下がります。

もし検査で動脈硬化が見つかり、治療薬が必要と判断された場合も、薬は数種類あります。筋肉痛などの症状が出にくいものを選ぶことは十分可能です。

糖尿病や高血圧、喫煙などの危険因子がある場合、LDLコレステロールが高いと男性よりも女性の方が動脈硬化が進みやすいことも分かっています。

コレステロールに詳しい循環器内科医などに相談してみてください。久間 一郎医師

事例3・小笠原幸子さん(77歳)

年が明けてから腰が痛くなり、ついには歩くこともままならず、ご主人のご飯支度もできない状態にまで痛み寝たきり状態となってしまったのだが、頼みの綱であるご主人も肺気腫を患っており、酸素ボンベが日常生活から離せない生活で心肺機能が低く体力もないため台所に立つことさえも満足にできないという情報が知人を介して入ってきた。

私は定休日を利用して20年ぶりに出張施術(高速で一時間)を快諾した。

幸子さん(77歳)は居間に横たわったまま寝返りさえできないでいた。

数回の訪問で回復して台所に立つようになった。

がしかし、施術中の会話からいろいろな体調不良を聞くことができた。

先ず、便秘で3~4日に一度の排便が不通になっている。

口内炎が一年の内数えるくらいしか無くなったことがなく、常に口内炎がある。

口内炎の医学的説明では、原因は細菌、ウイルス、アレルギー(歯科金属やフルーツなどの食物)、薬剤などさまざまですが、原因が特定できないものも多く、貧血など血液の病気で生じるものもあるとされています。

誘因として疲労、体力の低下、免疫異常、ビタミン欠乏、精神的ストレス、遺伝的要因、口腔清掃不良などがあげられますとなっている。

だが、殆んど毎日といっていいほど治ることがなかった口内炎が、コレステロール降下剤と、カルシューム剤、便秘薬を断薬したら数日で口内炎が完全に消失して再発していない。

これは単にビタミン不足などではなく、複数の薬が胃腸に相当な負担を強いていたということです。

ここ一年間で体重が45キロから40キロにまで激減して体力がなく何もできなくなった。

食欲が減退して頭痛が頻繁になってきた。

骨密度が低いと言われカルシューム剤を服用している。しかし骨密度が増えてはいない。

この幸子さん(77歳)は骨密度が低いと言われてカルシューム剤を服用、コレステロールがLDL(悪玉)が120で、HDL(善玉)が70ということでコレステロール降下剤を処方され医師の言葉を信じて真面目に服用していた。

だがこれは降下剤を服用するには全く値しない。

中性脂肪の数値は114ありましたがこれも薬の服用対象とはならないし不必要と思われる。

現在医療現場で言われている中性脂肪の基準値は〝40~130mg/dl〟です。

文献によって多少の前後はありますが、だいたいこの辺りです。

基本的にこの基準値以上になると、「高いですね」と言われることになるかと思いますが、多少であれば薬を服用するまでもなく、食事療法や生活習慣の改善をすることで十分に基準値内に戻ってきます。

薬を多用している現代医療ですがそれでも高脂血症は近年増えつつあり、狭心症や心筋梗塞などを発症させてしまうことがありますが、しかし、これも飽食と運動不足、偏食、過食、不摂生などが大きな要因となっている場合が多いようだ。

逆に、低過ぎるというのも問題です。 低すぎることで、甲状腺の機能に不足が生じたり、肝臓の働きにも不足が生じてしまう場合もあるからです。

しかし、中性脂肪が低いからと言って皆が病気をするということにはならならないことも知っておかなければならないだろう。

骨粗鬆症(こつそしょうしょう)カルシューム剤の副作用

幸子さん(77歳)は便秘が酷いということで、私の提案でカルシューム剤の服用を一時やめてもらったら毎日排便に行くということを報告してくれた。これがカルシューム剤の副作用でもあります。

コレステロール降下剤を断薬することで日頃の体の痛みが急速に改善され始めた。

コレステロール降下剤の副作用

コレステロール値が高くて、医師から処方されるコレステロール低下薬を飲んでいる方の場合、そのコレステロール低下薬の副作用について医師や薬剤師からくわしく説明を受けているだろうか?

ほとんどいないでしょう。

あまりくわしいことを知らされず、処方されるまま薬を飲んでいる人も少なくないのではないでしょうか。

コレステロール低下薬では、ほとんどの場合「スタチン」という薬を使っているようですが、このスタチンの投与によって、横紋筋融解症、末梢神経障害、肝機能障害、血小板減少症などの重大な副作用が現れる可能性があるので十分注意が必要ですと効能書きされているのである。

しかし、現場では一切副作用に関しては説明されることがないようだ。

横紋筋融解症 骨格筋の細胞が融解、壊死(えし)することにより、筋肉の痛みや脱力などを生じる症状です。

その際、血液中に流出した大量の筋肉の成分(ミオグロビン)により、腎臓の尿細管がダメージを受ける結果、急性腎不全を引き起こすことがあります。

この横紋筋融解症は、手足・肩・腰などの筋肉が痛んだり、手足がしびれたりし、体に力が入らなくなって歩行などの日常生活に支障をきたすようになり、重症化すると、呼吸困難になる場合があるとされています。尿の色が褐色になることも特徴です。

件(くだん)の幸子さん(77歳)にこのような説明をすることでコレステロールの断薬を実行したら筋力が戻ってきましたし、食欲も出てお腹の調子もいいと報告いただいた。

コレステロール降下剤は肝臓に負担がかかるために吐き気や、むかつきを伴うケースもあるのだということがお分かりいただけると思います。

幸子さん(77歳)老夫婦は、私のお奨め「野菜スープレシピ」を美味しいと毎日食して明るく暮らしている。このレシピには実践者からの喜びの声もいただいています。

【レシピの希望者はご連絡いただければメールでお知らせいたします】

次回臨時投稿予定・2月19日(幸せは追求して得られない)

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医療現場で働く人からのメッセージ

「世界一、医者が好きな日本人」

「とりあえず病院へ」は、医者の“おいしい“お客」

「医者に殺されない47の心得」という著書の紹介を兼ねて上、記のように二回投稿しましたが、この投稿に対してコメントをくださった方のメールを許可をいただきましたので紹介いたします。

こんばんは。OTです。

メールで失礼いたします。

先生のブログ、読ませていただいております。私もアメブロをやっていますが、先生の素晴らしい内容に比べ私のはどうでもいい内容でお恥ずかしい限りです。

今回先生が紹介されている本は私も読みました。

コメントしようと思ったのですが、プライベートな部分で少々問題がありますのでメールを送らせていただきました。

実は私、○○県の某医大にある高次救急センターで医療事務の仕事をしています。

近藤先生の本に書かれてあることを救急センターで日々感じていて、時には医師や看護師に、時には患者さんに憤(いきどお)りを感じています。

私が勤務している一次二次外来は救急車以外で来院する方々を診察しますが、そこも救急であるにもかかわらず緊急性のない患者さんがとても多いのです。

仕事を休めないから、日中は混んでいるから、そんな理由の患者さんばかりだと推察されます。

電話相談も多く、『アフターピルがほしい』や『子供が泣き止まないから連れて行った方がいいか』など、首を傾げたくなることばかりです。

腹痛やアレルギー症状で来院した乳幼児の親に何を食べさせたか問うと、耳を疑うような、スナック菓子と答えたり・・・核家族化が原因でしょうか・・・?

救急要請も車がないから、タクシー代がないから、そんな理由で救急車を呼ぶ。

医師もクレームが怖くてはっきり言わない。

日本の医療はどうなってしまうのでしょうね。

薬のことは本当に心配です。特に精神科の薬の多さには驚かされています。

精神科は初診は受け付けないので、来院する患者さんは精神科外来に通院している人たちで、次の予約日まで待てない状態になり来院されます。

大量服薬やリストカットも多いです。

救急だから仕方ないかもしれないのですが、処置は点滴か薬の処方です。

精神を患っている人にとって、この薬のカプセルや液体は何をもたらしてくれるのか。

60代の患者さんを80代の親が連れてきたり、30代の母親の付き添いが小学生の子どもだったり、胸が苦しくなることもいっぱいです。

精神科の救急体制は迅速な改善が必要だと思います。

先生が提言されている減薬、断薬治療への移行も急がねば人間はどんどんダメになっていくような気がします。

ブログでも公表していますが、私は40歳の頃、子宮体ガンを患い全摘しています。

運がよかったので抗がん剤や放射線治療はしていませんが、救急センターに来院するこれらの治療を行っている患者さんの衰弱を見ると、今後またガンを患ったとしても治療はしたくないと思っています。

10年前は何もわからず受けた手術も選択しないかもしれません。

悲観したり自暴自棄になるのではなく、近藤先生がおっしゃるように放置するほうが長生きするように思えてならないからです。

固定給がほしくて始めた仕事ですが、他に私が行っている代替療法と西洋医学の間で勉強させてもらっています。

一喜一憂するだけでなく、多くのことを吸収せねばと思います。

長くなってしまいましたが、先生のブログに感動して思いを伝えたくなりました。

いつも更新を楽しみにしております。OT

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「とりあえず病院へ」は、医者の“おいしい“お客

怒る医師

きょうは臨時投稿です。

前回同様、医療界の現役医師が、業界同業者の反発をものともせず公言し、医療の在り方を提唱して刊行し、世に問うた著書を是非紹介したく、ここに続きを転載させていただくことにしました。

このブログを訪問してくださった皆様に医療の在り方についてご一考願えれば幸いに存じます。

以下、近藤誠医師(慶應義塾大学医学部卒業)著書「医者に殺されない47の心得」から転載させて頂きました。

前回投稿記事はこちらをクリック2014年1月20日(医者に殺されない47の心得)

ここから続編

コンビニ感覚で病院へ

ちょっとセキや熱が出ると「とりあえず病院へ」。

日本人は、なぜこんなに病院が好きなのでしょう。

ひとつはマジメで心配性な国民だから。

もうひとつは、だれでも健康保険証を使って、好みの医療機関で、全国一律の安心価格で診てもらえるからでしょう。

水道の蛇口をひねれば、おいしくて安全な水がいくらでも出てくること。

世界トップレベルの医療を、とてもリーズナブル(納得して)に受けられること。

これは世界に誇れる日本の「二つの安心」です。

僕たちは、体調が悪くなったらいつでも病院に行き、保険証1枚提示すれば、3割程度の自己負担で、必要な治療を受けることができます。

日本ではそれは当然の権利ですが、世界の公的医療保険制度は、国によって大きく異なります。

たとえば盲腸(急性虫垂炎)にかかった場合、日本では、患者負担分も含めて病院に入る医療費は、病状に応じて30~40万円。

自己負担が高額になっても、通常、8万7千円を超えた分は高額療養費で肩代わりしてくれます。

一方アメリカの、約1万9千人の患者の医療費の中央値(金額順に並べた、まん中の人の値)は、盲腸で入院しただけで約270万円。

しかも最安値12万円から、最高は何と1400万円以上まで、医療施設によって信じられないほど格差があります。

国民皆保険制度ではないので、オバマ改革の前はアメリカ人の7人に一人は無保険で、民間保険に入っていても、「医療費の支払いに困ったことがある」人が全体の半分、7300万人もいました。

うち3千万人が、取り立て会社の督促まで経験。

一方、日本の公的医療保険制度は2000年にWHO(世界保健機関)から「総合世界一」とされ、OECDの評価も「日本の医療の充実度は先進国のトップレベル」。

それでいて医療費の対GDP比は、同加盟34か国の中で18番目という安さです。

日本では戦後一貫して低医療費政策をとっていて、医者は「薄利多売」。欧米の医者が1日に診察する患者数は普通10~20人程度ですが、日本の医者は1日に40~50人診るのが普通で、先進国の中では「クレイジー」と言われる忙しさです。

患者からすれば、コンビニ感覚で医者にかかれる。そこが大きな落とし穴なんです。

その医者は、本当に親切なのか?

患者はクシヤミが出れば病院に走り、医者は「風邪ぎみ」と聞いただけで、セキ止め、熱さまし、炎症止め、抗生物質、胃薬……と、わんさと薬を出す。

「ついでに血圧も計ってみますか。あ、ちょっと高めだね。お薬を出しましょう。血糖値も心配ですね」などと、次から次に、検査をすすめられることも多いでしょう。

それを「親切なお医者さん」と、ありがたがっていませんか?

そして、毎年インフルエンザのワクチンを打ち、健診やがん検診も律儀に受ける。

「血圧が高い」「肺に影がある」などと言われると青くなって、言われるままに薬を飲み、精密検査を受ける。

がんと診断されると「手術、抗がん剤、放射線」の標準治療を素直に受け入れる。

医療だってビジネスで、医者にも生活があります。

日本の医者は病人をできるだけ増やして、病院に通わせないとやっていけない。

口車に乗せられるあなたは、医者の“おいしい“お客様。大事な時間とお金を医者に捧げて、命を縮めることになります。

「老化現象ですよ」と言う医者は信用できる。

老化と病気を区別せよ。

僕は医者ですが、ここ数十年、骨折と勘違いしたとき以外は病院で検査や診察を受けたことがなく、薬も歯の痛み止め以外、飲んだことがありません。

うちには血圧計がないので、自分の血圧も知りません。

なぜなら、今の日本で大人がかかる病気はたいてい「老化現象」で、医者にかかつたり、薬を飲んだりして治せるものではないからです。

1996年、厚生省(当時)は高血圧、高コレステロール血症(高脂血症)、糖尿病などの呼び名を、それまでの「成人病」から「生活習慣病」に改めました。

「生活態度が悪いから病気になるんだ」ということです。

そして健診を義務化し、メタボは犯罪のように取り締まられ、血圧や血糖値が「基準値」からはずれると薬で数値を改善、などの指導が、厳しく行われるようになりました。

でも、それらの病気のおおもとの原因は老化なので、抵抗してみても、川の流れに逆らうようなものです。

「成人病」という表現のほうが、ずっと本質をついていました。

体の具合が悪いとき、何か病名がつくと安心し、「年のせい」と言われるとムッとする人が多い。

でも「体も自然の一部」ととらえたほうがいいですね。

老化とは細胞の遺伝子に傷がつき、それが蓄積して、体にさまざまな障害を引き起こす肉体の変化のことです。

先ほどあげた「成人病」のほか、足腰の痛み、がん、不整脈、骨粗しょう症、不定愁訴(更年期障害)、シミ、シワ、白髪や薄毛、ボケ……すべて老化現象で、早い人は20代から気になり始めます。

家や車が、年がたつほどいたんでくるのと同じで、体も年とともに、あちこちガタが出てきます。

家や車は修理できますが、人間はリフォームも部品の取り替えも、そう簡単にはできません。

今盛んにアンチエイジング(抗老化)や若返りが叫ばれていますが、結局やっていることは役に立たないか、見せかけの化粧や整形のこと。

いくらボトックス注射でシワを消しても、もとの皮膚は、年々着実に水分量が減ってシワが増えていきます。

多少の痛みや不自由は「自然の摂理だ、仕方ない。がまん」ととらえて、仲よくつきあっていく。これがいちばん理にかなっています。

むしろ高血圧、高コレステロールなど、年とともに出てくる症状には意味があり、老いに立ち向かうために必要な変化。不用意に薬で抑えてはいけません。

血圧もコレステロールも高いほうが長生きする 。

のちほど詳しくお話ししますが、年をとると血管が硬くなるので、血圧はやや高めのほうが、血液がきちんと体や脳のすみずみに届きます。

体にいい血圧を保つには、よく歩くことです。

血液が下半身に滞留しないで、スムーズに体をめぐるからです。

またコレステロールは細胞を丈夫にするので「減らさない」ことが大事です。

日本人は、コレステロールが高い人ほど長生きです。

お金が許す範囲でステーキ、トロ、イクラなど、好きなものを食べましょう。糖質も、とりわけ脳にとって大事なエネルギー源です。

おいしいものを食べる喜びは生きる意欲につながり、長生きします。手も足も囗も脳もまめに動かして、体をさびつかせないこと。

喜怒哀楽を豊かにして、五感を活性化し続けること。

「よどまない」ことが、何よりの健康法です。

医者によく行く人ほど、早死にする。

医療に満足すると死亡率が26%高い!?

最新の興味深いデータがあります。アメリカの医師会が出している有名な雑誌に2012年、「満足の代償」という記事が載って、大きな反響を呼びました。

医療保険に入っているアメリカ人5万人以上の、医療費と健康の関係を調べるため、5年がかりでリサーチしたら、驚きの結果が出たんです。

5万人が病院に行った回数は、平均して年に5回ぐらい。1年間に受けた医療サービスに対する患者の「満足度」を、

①話を注意深く聞いてくれるか

②理解しやすい言葉で説明してくれるか

②患者自身が話したことを尊重してくれるか

④+分な時間をかけたか

⑤医療スタッフから受けたサービスは満足かという五つの項目別に評価してもらいました。

当然のことながら、親切な病院や医者に恵まれ、ていねいな医療を受けている人ほど、満足度は高くなります。

このアンケートの結果を4ランクに分けたら、満足度がいちばん高いグループは、いちばん低いグループよりも入院日数が9%多く、医療や薬に使うお金も9%多かった。

医療に満足している人は「転ばぬ先の杖タイプ」で、体に何かあると医者に診てもらい、よく薬を飲み、早めに入院。

ところが、4~5年追跡したら、満足度がいちばん高いグループは、いちばん低いグループに比べて死亡率が26%も高かったんです。

病院や薬にたくさんお金を使い、長く入院するほど寿命が縮むなんて、医師会はできれば報告したくなかったでしょうね。

信じる者は、救われない

医者を40年やってきた僕が、いちばん自信をもって言えること。それは「病院によく行く人ほど、薬や治療で命を縮めやすい」ということです。

医者にかかればかかるほど検査が増えて「異常」が見つかり、あれこれ薬を飲んだ り手術をしたりするハメになる。

がんが見つかると「手術、抗がん剤、放射線が標準治療にと言われて、いきなり大事な胃や子宮を切り取られたり、死ぬほど苦しい抗がん剤治療をさせられたり、ストレスも大変なもので、体に悪いことばかりです。

薬のほとんどに病気を治す力はないのに、副作用は大きい。

風邪薬や解熱剤でもアナフィラキシーショック(命にかかわるショック症状)が起きるし、肺がん用抗がん剤イレッサなどは承認後3年間で約8万6800人の患者に使われ、588人が死亡。

ガンよりずっとこわいです。

またメスでお腹を切って腹膜をべ夕べ夕さわるとすぐ傷がつき、癒着します。

癒着から腸がつまるとひどく痛むし、正常細胞のバリアーが崩れたところには、がん細胞がスッと入りこんで増殖しやすいんです。

僕自身、医者になりたてのときは、たとえばガンは、手術や抗がん剤で「治る」と信じこんでいました。

でも、さまざまな患者さんを観察するうちに、「臓器を切り取ってもがんは治らないし、抗がん剤は苦しむだけなのでは」と気づきました。

信じる者は救われる、と言いますが、医療については「信じず、合理的に考える」ことがとても大事です。

「血圧130で病気」なんてありえない。

数値だけ見て、「病気」と信じてはいけない

高血圧患者が4千万人、高コレステロール血症(高脂血症)3千万人……。日本には大変な数の「病人」がいることになっています。

高血圧や高コレステロール血症の「基準値」と呼ばれるものがあります。「これ以上になったら病気」と診断する数値です。

血圧なら上140mHg、下90が基準値で、それ以上は高血圧症とされます。

この基準値がまず、まったくあてにならない。病気ごとの専門学会が作っていますが、談合体質で、根拠なく数値が決められています。

特に高血圧の基準値「操作」は目に余ります。

1998年の厚生省全国調査の基準値は160/95以上でした。

ところが2000年に、はっきりした理由もなく140/90に引き下げられました。

98年の基準値を当てはめると、高血圧の日本人は1600万人、それが新基準では、3700万人もが高血圧になってしまいました。

さらに2008年に始まったメタボ健診では、19864歳までで、糖尿病や腎臓病を合併している場合、ついに血圧130/80以上が治療目標になりました。

高血圧の原因は、9割以上不明です。

また、日本人の血圧を下げることによって死亡率が下がる、心臓病や脳卒中などが減ると実証されたデータは見あたりません。

大人になると動脈も老化して硬くなり、血液を先に送る力が衰えます。

そこで、体は年をとるほど血圧を上げようとします。

脳や手足のすみずみまで血液を送り続けるため。それを薬で下げたら、ボケたりふらついたりしてしまいます。

フィンランドで、75歳から85歳までの「降圧剤を飲まない」男女52工人の経過を見た調査では、80歳以上のグループでは、最高血圧が180以上の人たちの生存率が最も高く、最高血圧140を切った人たちの生存率はガクンと下がっています。

なのに日本では、最高血圧130で病気にされ、薬で下げさせられているんです。       

基準値を下げると、儲かるのはだれ?

その結果、薬品業界はホクホクです。

1988年の国内の降圧剤の売り上げはおよそ2千億円だったのが、2008年には1兆円を超えています。

基準値をササツといじって、薬の売り上げ6倍増。血圧商法、大成功です。

また基準作成委員の多くが、製薬会社から巨額の寄付金を受け取っているのも問題です。

たとえば2005年に作成された、高血圧の基準も含む日本版メタボ診断基準の作成委員会メンバー。

そのうち国公立大の医師H人全具に、2002~04年の3年問に、高血圧などの治療薬メーカーから合計14億円もの寄付金が渡っています。

いまだにワルモノ扱いのコレステ囗-ルも、実は「長寿のもと」です。

1980年代に福井市の約3万7千人を5年間追跡したら、男女とも、コレステロール値の最も低いグループの総死亡率がいちばん高く、男性は、血中コレステロール値が高いほど、総死亡率が低いという結果がはっきり出ています。

しかし治療の基準値はなかなか変わりません。コレステロール低下薬も、億単位、兆単位のお金を生み出す「打ち出の大づち」なんです。

検査の数値を見ないで、体の力を信じてください。

血糖値は薬で下げても無意味で、副作用がひどい

「甘いもの好きは糖尿病になる」は本当か

最近よく「糖尿病予備軍が2千万人」という数字を耳にします。

健診で「このままだと糖尿病になってしまいますよ」と医者に言われたことのある人も多いと思います。

日本人の糖尿病の95%は、インスリンの分泌障害が多く見られる「2型糖尿病」で、欧米人と違って、比較的やせていてもかかりやすいことがわかっています。

原因と言われる「ストレス、アルコール、甘いもの」で直接に糖尿病が起こるという実証はなく、なぞの多い病気です。

日本糖尿病学会の診断基準によると、空腹のときの血糖値(血液中のブドウ糖の値)が110㎎/DL未満で、ブドウ糖負荷試験後(糖液を飲んで2時間後の値)が140未満なら正常。

空腹時が126以上、糖負荷試験後が200以上等となると糖尿病。その間が予備軍になります。

糖尿病がこわいのは、血糖値が高いと血管がもろくなり、心筋梗塞や脳梗塞のリス クが高まって、失明、腎症、神経障害など、重い合併症を引き起こしやすいこと。

確かに糖尿病網膜症で毎年約3500人が、視覚障害者になっています。

また人工透析が必要になる原因のトップは糖尿病腎症で、毎年1万数千人が新たに透析を始めています。

神経障害も手足のしびれ、失禁、手足の壊死など深刻です。

糖尿病には自覚症状がなく、深刻な症状が出てからでは完治が難しい。

それで、健診で血糖値が高めだと「このままでは取り返しがつかないことに……」と脅されます。

しかし、薬で血糖値を下げるのはもっと危険です。

薬を飲まずに、歩け!

1990年代に、イギリスで大々的な試験が行われています。

被験者は2型糖尿病で自覚症状がなく、体重が標準の120%未満で、血糖値が110~270㎎/DLまでの3800人。

くじ引きで2群に分け、A群は食事療法をメインにして、血糖値が270を超えたときだけ薬物療法を行いました。

B群は、降下剤を使って血糖値が常に110未満にとどまるようにしました。

そして10年間観察した結果は、「死亡、腎不全、失明に統計的有意差なし」一方、B群は低血糖による発作がA群の3倍に上りました。

血糖降下薬は、合併症の予防や延命には何の効果もないのに副作用が大きく、過敏症状、下痢、頭痛、耳鳴り、倦怠感、体温低下、眠気、むくみ、視力障害、腸閉塞、肝機能障害などに悩まされやすくなります。

薬で血糖コントロールしていて「いつもだるい」「イライラしてキレやすい」「足元がふらつく」「認知症が出てきた」などの症状があったら、薬害を疑ってください。

また、糖尿病は確かにこわい病気ですが、「予備軍2千万人」はオーバーです。日本糖尿病学会は、1999年に診断基準の空腹時血糖値を、それまでの140から126に変更しています。

根拠もなく、米国やWHO(世界保健機関)の基準値変更に追従して基準をシビアにし、糖尿病患者を激増させています。

血糖値は「歩く、自転車、水泳、ストレッチ」などの有酸素運動を心がけると下がる人が多いことが、運動療法のデータからわかっています。

ほどよい運動は、体をさびっかせないためにも大切です。「血糖値が高め」と言われたら、よく歩くようにしてみてください。

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